ピクシブ代表取締役社長・片桐孝憲「個人最強時代だからこそ、チームで生み出して、個人で作れないようなすごいものを作る」

81世代の起業家たち
片桐 孝憲
ピクシブのオフィス入り口に飾られているユーザーたちによる手描きの絵馬

「友達と会社を作りたい!」と上京

高校時代は浜松で一人暮らしをしていて、いろいろな友達と毎日遊んでました。友達と一緒にいる毎日が楽しかった。そうやって毎日遊んでたんですけど、卒業して、就職とかしちゃったら、未来は超つまんなそうで。そうはなりたくないな、と思ったんですよ。どうしたらこんな楽しい毎日を一生続けられるんだろうと考えていました。

ちょうどその頃、裏原ブランドブームで「A BATHING APE」とか「UNDERCOVER」が出てきてて、友達同士でブランドを立ち上げて有名になっていったのを見ていて、「これだ!」と思ったんです。「東京に行って、友達と会社を立ち上げれば、楽しく仕事ができる!」そう思いました。

そして、東京に来て、大学で初めてインターネットの世界を知りました。それまではパソコンなんて大っ嫌いでした。中二病かつDQNだったので(笑)。俺は絶対パソコンとかやらねぇぞと。でも、大学の先生に「パソコン買って、インターネットにつなぎなさい」と言われて、仕方ないからそこはあっさり「わかりました」と。当時はWindowsが主流で、Windowsを買えと言われてたんですけど、Macとの違いも分からず、たまたま入ったフロアでMacを買って。で、インターネットにつなげて…ビビった。「えー、こんなことができるの!?」と衝撃を受けました。

大学で友達ができていって、麻雀しようとか飲み会しようとかそんな風になっていくんですけど、みんなと楽しく遊ぶというのはなんかピンと来なくて…。自分は会社を作りたくて東京に出てきたんだと。正直、大学の人たちとは一緒にできる気がしなかったので、がっかりしていました。でもインターネットを通じてならそういう人と出会えるかもしれない、と思ってクリエイターのオフ会とかに参加してました。でも、当時の自分には資金もないし、経験もない。そうなると、結局技術を持って自分で何かを作れないと、そういう人たちと出会っても何もできないな、と思ったんです。

でも、いきなりモノ作ろうとしても何からしていいかわからない。インターネットを通じて知り合った人たちが、いろいろ教えてくれて、なんとなく使って、ホームページくらいは作れたんですけど、なかなかそれ以上のものをどう作っていいのかわからなくて。

その時に原宿ラフォーレでロンドンのデザイン会社「tomato」の展覧会を見に行って、「これなら作れそう!」と思ったんですよ。Underworldの映像を見て、デザインをやって行こうと。自分で撮った映像をMacで編集して、かっこいいPVを作りたくて、がんばったんですけど、クリエイターとしてはダメだった(笑)。

だけど、そのときに何年後かにpixivを作ることになる上谷(ニックネーム:馬骨)さんに出会ったり、先輩の同級生だったVJにも憧れていて、その人が今のpixivの開発マネージャーになっています。

受託の仕事をこなす日々の中で気づいたこと

インターネットが超好きだったんですけど、当時はインターネット自体を仕事にする気にはならなかったんですよ。なんかもう怪しくて。好きだけど仕事にするもんじゃないと思ってたんですけど、ライブドアの堀江さんがメディアにでてきて、インターネットを仕事にしてもいいんだ、という気になりました。そして2005年に、インターネットを仕事にしようと、大学辞めて会社を作りました。

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