『ミッドウェー戦記(上)・(下)』著:亀井宏
「赤城」「加賀」「蒼龍」が被弾。唯一残った「飛龍」の死闘が始まった――機動部隊最後の砦「飛龍」かく闘えり

本の構成も、考え抜かれている。

冒頭で、責任ある立場にあった多くの関係者が「まちがっていた」と振り返る作戦を、結果として誰も止められなかったことに始まり、同時に主要登場人物の人物評もまじえて「総論」と「読み方」を示し、第三章にあたる「抜錨(ばつびょう)前後」から個人の戦いにもスポットを当てている。その緩急の効いたテンポのよさ、マクロからミクロへのズーミングの妙は、まるで良質の映画を見ているかのようである。

昨今の戦記本では、作者が将官クラスへの取材経験がないために、「上層部」対「現場の将兵」の単純な対立の図式になりがちなところ、亀井氏は「上層部」という曖昧な言い方をせず、どこのだれが何を言い、どう行動したかを明確にしている。たとえば、山本五十六聯合艦隊司令長官がミッドウェー作戦で「ミッドウェー島を攻略し、敵機動部隊をおびき寄せて一気に撃滅する」ことを主張したのに対し、軍令部は「フィジー、サモアを攻略占領、米豪の連絡ルートを遮断し、米軍の南方からの反攻を抑える」FS作戦を主張したことはよく知られているが、当の軍令部次長・伊藤整一中将、第一部長(作戦)・福留繁(ふくどめ・しげる)少将が二人とも、かつて山本長官のもとで参謀長を務めていたなどの、人事と人情の機微にまで踏み込んで作戦実行までのいきさつを追う本書のような切り口は、他にあまり類を見ない。

草鹿龍之介・元中将との初対面の印象を、「カドのとれたまるい大きな石をみるような感じがした」と言い、いっぽうで「おそろしく反射神経が鋭かった」と表現するなど、インタビュー相手に対する、飾り気のない人間描写も効果的で、登場人物の人となりを彷彿させる。

取材を断られた相手については断られた経緯を率直に示し、また、本文中に出てくる話が直接の談話によるものか、手紙によるものか、手記によるものか、あるいは伝聞によるものか、などどんな状況で出てきた言葉かまでを几帳面なまでに記しているのも、歴史と読者に対し、誠実な姿勢と言えるだろう。一つの事柄について可能な限り裏付けをとり、異説も併せて紹介してゆく筆致は、ドキュメンタリーとしてあるべき姿であると思う。各人、各艦、各航空機の行動の描写も精緻をきわめ、読者はまるで自分がこの海戦に参加しているかのような臨場感を味わうことだろう。

ところで、筆者は、戦後五十年を経た平成七年より元零戦搭乗員をはじめとする旧海軍軍人・関係者を取材し、何冊かの本を上梓してきた。インタビューした相手は約五百名にのぼるが、本書に登場する後藤仁一氏(空母「赤城」艦攻分隊士)のように、戦後、求めに応じて話した内容が真意を歪曲して発表されて、以後、口をつぐんでしまった人もいたし、戦後の価値観の変化に対する諦観や反発から、自らの戦争体験については誰にも話さなかったという人は少なからずいた。そんな人たちの心を長い歳月が溶かしてくれたのか、貴重な話を聞くことができたものの、いま思えば亀井氏より二十余年の遅れは如何ともしがたく、その時点で取材可能な将官、つまり命じる側の責任を負うべき人は一人もいなかった。

筆者が会うことができたのは、最年長で海兵五十二期(明治三十八年生まれ)、階級でいえば海軍中佐までである。ポストとしても、司令長官はおろか、司令官、艦長などの職にあった人とは会えず、飛行長、飛行隊長、駆逐艦長、潜水艦長どまりだった。つまり、現場の話について聞くことはできても、「上層部」で何が起きていたかについては、公刊戦史や防衛庁(現・防衛省)、国立公文書館などで閲覧可能な一次資料をのぞけば、亀井氏をはじめとする諸先輩の著作を参考にするしかなかった。この差はけっして埋まることはないし、後学の徒としては、貴重な史実を、諸先輩がよくぞ残してくれたと感謝するのみである。

『ミッドウェー戦記(上)』
著者:亀井宏
講談社文庫 / 定価870円(税別)
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将兵たちへの直接取材をもとにした戦記ドキュメンタリーの金字塔――世界最強機動部隊の栄光と最期

<当時、われわれ若いパイロットが抱いていた実感は、攻撃にゆけば敵艦はかならず沈める、攻撃にきたら撃ち落とす、したがってわが空母が炎上するなどということは、まったく念頭にありませんでした。>――空母「赤城」艦攻分隊士(当時大尉)の後藤仁一氏からの手紙より
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当時、日本海軍機動部隊は世界最強の実力を誇っていた。太平洋戦線における稼働隻数、戦闘機の性能、搭乗員の伎倆と多くの点で米軍を凌ぎ、米国側も「勝ち目なし」と悲壮な覚悟を固めていたほどだった。なのに、なぜ日本は敗れたのか? 今となっては貴重な、将兵たちへの直接取材をもとに著す傑作戦記。