『ミッドウェー戦記(上)・(下)』著:亀井宏
「赤城」「加賀」「蒼龍」が被弾。唯一残った「飛龍」の死闘が始まった――機動部隊最後の砦「飛龍」かく闘えり

戦いの渦中で、一人の当事者が直面し、目撃したことの範囲は意外に狭く、同じ局面も、人により、またそのときの立場により、受け止め方が違うことはよくある。一つの事実も、光の当て方が違えば、見え方はまったく異なってくる。誰しも、知らず知らずのうちに保身や、部下を庇う気持ちが湧いてくることもやむを得ない。ややもすれば、自分が直面したことのみを重要視し、見ていないことは軽視する向きもあるだろう。単純な思い込みや記憶違い、悪意のない嘘もあるかもしれない。防衛庁戦史室が編纂した公刊戦史「戦史叢書(せんしそうしょ)」にさえ、そんな気配が残っているが、これは編者が然るべき立場の元海軍士官だったからであろう。

個人の戦記ならともかく、「ミッドウェー海戦」のような壮大な出来事の、歴史的事実を掘り起こすには、このように一筋縄ではいかない当事者の証言を、第三者の目で見、耳で聞き、それらを丁寧に紡いで再構築することが必要だったのだ。

亀井氏が本書の取材を進めた昭和四十年代には、旧海軍の将官クラスをはじめ、艦長、司令などの指揮官はもとより、若年の水兵にいたるまで、あらゆる階級の当事者がまだ存命だった。「軍隊」を取材する上で、これはとても大切なことである。

先に紹介した門司親徳氏は、巷にあふれる戦記本を評して、
「その掌になかったものが、迂闊なことをさも真実であるかのように語るのは間違いの元」

と口癖のように語っていた。つまり、下級士官や下士官兵など、作戦を立案、命令する立場になかったものが「戦略」を語ると間違いが起きる。「将」には「将」の、「兵」には「兵」の、それぞれの立場で語るべきこととそうでないことがある。取材する側も、そのへんに気をつけるように、ということだ。ちなみに門司氏は、ミッドウェー島攻略部隊であった呉鎮守府第五特別陸戦隊主計長として、輸送船「あるぜんちな丸」に便乗し、この作戦に参加している。

そうした意味でも、亀井氏が、歴史にその名をとどめる将官から佐官、尉官、准士官そして下士官兵まで、まんべんなく直接取材を重ね、「その掌にあったもの」ならではの談話がとれたのは、時の縁というほかはない。

現在のようにパソコンも携帯電話もなく、通信手段としては手紙と固定電話しかなかった時代(ほんの十数年前まではそうだったのだが)、存命の関係者を探し出し、連絡をとり、会ってもらうだけでも大変な苦労があったことは想像にかたくない。だが、亀井氏は驚くべきエネルギーで彼らを訪ね、その生の声を集めた。

ある人の言動を、紙の上の文字で追うのと、直接会って話を聞くのとでは伝わってくるものがまったく違う。亀井氏以後にミッドウェー海戦に関心を寄せた取材者が絶対に真似のできない談話の集積、本書の最大の価値はここにある。