『それでも、私は憎まない』 人間は、みな同じだから

イゼルディンは、1955年にガザの難民キャンプに長男として生まれた。そして、貧しい家族を支えるために、7歳からお金を稼ぎ始めた。午前3時に起きて、ひと稼ぎしてから小学校へ通うのが日常だった。彼が最も覚えているのは、「共同トイレの悪臭、空腹が引き起こすしつこい腹痛、家族にとって絶対不可欠な小額の金を稼ぐために早朝に起きてミルクを売ることからくる疲労と、そのあとで学校に走っていくときに感じた遅刻するかもしれないという不安」だという。

そんな生活の中でも、教師の導きによってイゼルディンは勉強に励んだ。勉強だけが、自らをこの生活から解放してくれるものであると信じて。その後、奨学金を得てカイロ大学を卒業した彼は、ガザやサウジアラビアなどで医師としてのキャリアを積み重ね、生殖テクノロジーの最先端を走るイスラエルの病院での職を得た。ここでの経験は彼に、ヘブライ語に堪能になる以上のものを与えた。イスラエル人の同僚とともに、イスラエル人患者と向き合う中で、彼は確信する。

わたしはガザ地区のジャバリア難民キャンプ出身のパレスチナ人で、あなたたちと同じ人間だ

ガザ地区に住むパレスチナ人がイスラエルの病院に勤務にすることは容易ではない。先ず、パレスチナ人が国を出るには、嫌がらせとしか思えない理不尽な手続きを乗り越えねばならない。国境の検査場で全ての荷物が徹底的に検査されることは仕方がない。しかし、最初の検査場以降で運搬器具の使用が許されないのはなぜなのか。スーツケースまで含めた荷物を抱えてやっと辿り着いた次の関門で、出国が拒否される場合もあるという。出国しようとする彼が毎回のように経験する侮辱的行為には、読んでいるだけでいらいらさせられる。イゼルディンが描き出すディテールが、CNNやBBCが映し出す映像だけでは伝えきらないその場の匂いまで伝えてくれる。

医師としてのキャリアを積む中でイゼルディンは、医療の力を使い、自らが両者を結び付ける懸け橋となることを望むようになった。想像し得る中で最も悲惨と思われる現実に見舞われながらも、その決意は揺るがない。共存は可能だと、本気で信じている。そして、医師らしく医学用語を用いた例えを使い、共存のためには「予防接種プログラム」が必要だと説く。

人々に尊敬と尊厳と平等の注射をし、憎しみに対する免疫を与えなくてはならない。

本書が、少しでも多くの人に作用する予防接種となることを願う。

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それでも、私は憎まない
作者:イゼルディン・アブエライシュ
出版社:亜紀書房

内容紹介
2009年1月16日イスラエル軍のガザ襲撃中の爆撃により、3人の娘を失った医師は言った。 「わたしの娘たちが最後の犠牲者になりますように……」 報復を求めもしなければ、憎しみに駆られることもなかった医師は、同地域で人々に対話を始め、行動を起こすように訴えたのだ。 医師が模索した共存への道はほんとうにあるのだろうか? 医師で作家の鎌田實氏、絶賛!

『ノンフィクションはこれを読め! 2013』HONZが選んだ110冊
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社

内容紹介
『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』『ランドセル俳人の五・七・五』等、書評サイトHONZのお薦めレビューを集大成。