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秋好陽介『満員電車にサヨナラする方法』(ビジネス社)【序章】より
私は労働とは楽しいものだと思っています。もちろん、きついことも嫌なこともあります。しかし何かの仕事をやり遂げるのは充実感や達成感を得ることができます。社会や人の役に立つ仕事をすることによって喜びを感じるのが人間です。
ここで想起されるのが、アメリカの心理学者マズローの『自己実現理論』です。「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものです。これは、「マズローの欲求段階説」として、ご存知の人も多いのではないでしょうか?
まずは人間には睡眠・食欲・排泄といった生理的欲求があります。その後、安定や安心といった安全の欲求が起こります。前記の二つの欲求が満たされると他者に受け入れられたい、どこかに属していたいという所属と愛の欲求に移行します。すると今度はその組織で認められたいという承認(尊重)の欲求が起こります。それらが満たされても、能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求、つまり自己実現の欲求を満たさないことには、『自己実現者』たりえないというのがマズローの主張です。
私のつたないマズロー理解として、最終的に人間は自己実現の欲求に向かうものであると考えます。そのために人間は生きていると断言しても過言ではないでしょう。それなのに、いまのように働く人たちが楽しんでいない、ストレスで疲弊するばかりという職場環境はおかしなことだと思います。
いったいなぜ、こんな世の中になってしまったのでしょう。会社だって、従業員を使い捨てにしたいわけではないはずです。俗に言う「追い出し部屋」を使って、解雇したい従業員が自ら退職を申し出るように仕向けるなどということを、楽しくてやっている上司がいるとは思えません。どこの会社でも、「社員のやりがいを持って働けるように」とか、「適材適所の人事」とか、「個人の能力を引き出す」とか言っています。そこに嘘はないと思います。ただ、現実は、それどころではないのでしょう。会社も、従業員も、決して望んでいないのに、企業社会が情け容赦のないサバイバルレースみたいなことになっています。
要するに、企業社会というものがもう機能しなくなってきているのではないでしょうか?現在の労働力のほとんどは、企業社会の中に存在しています。言いかえれば、働く人の持っている技術や能力は企業が管理しており、その能力を使って製品を作ったり、サービスを提供したりしているわけです。しかし一般的な企業では、労働力を抱え込む力がなくなってしまっています。成長力が鈍化しているし、ビジネスのスピードがどんどん速くなっているので、もういままでのような人数を抱えきれなくなっているのです。製造業の工場がどんどん安い人件費を求めて、東南アジアに移転していった理由です。