[サッカー]
ブラジルで単身挑むフットボーラー、須藤右介(前編)

スポーツコミュニケーションズ

日本サッカーにはない表現

写真提供:須藤右介

 就労ビザ取得や他の手続きに時間を要するため、最初の3カ月は公式戦に出場できないことはわかっていた。須藤はその間に、ブラジルの文化・サッカーを観察し、順応しようと心掛けた。
「日本とはサッカーのスタイルも違うし、当然、言葉も異なりますからね。ブラジルではどういうプレーが好まれて、逆にダメなのか。日本との違いを見極めて、吸収しようと考えました」

 ブラジルの公用語はポルトガル語である。須藤は事前に生活に必要なレベルの言葉を話すことはできるようにしていた。だが、現地に着いてみると、まず相手の言葉を聞きとることに苦労した。それでも何とか理解しようと心掛けたことで、徐々に言葉の問題は解消されていった。理解の早さに、周囲からは「日本人は頭がいいんだな」と感心されたという。

 また、須藤は日本とブラジルでは使われているサッカー用語に違いがあることにも関心を抱いた。たとえば、「マノン(Man on)」。これは日本では、味方選手がパスを受ける時に、死角から敵にプレッシャーをかけられている状況で周囲が「敵が来ているぞ」と注意を促す時の言葉だ。これがブラジルでは「ラドロン(Ladrao)」と言われている。ラドロンの意味は「泥棒」だ。
「つまり、『お前の持っているボールを盗みに泥棒が来ている』ということなんでしょうね。同じ状況では、『オーメ(Homen)』と言う選手もいました。オーメは『人間』という意味、日本語にしたら『人間! 人間!』と連呼しているわけですよ。これは『近くに(他の)人間がいるぞ』という意味合いで使っていたんです。他にも日本にはない表現があるので、すごく新鮮でしたね」

 だが、表現の違いには面食らうこともあった。須藤は当初、チームメイトから「ジャポン」という愛称で呼ばれていた。言うまでもなく「日本」という意味である。
「選手たちは『日本人だから日本って言っているんだよ』と特に何も意識はしていないんですよ。でも僕には名前があるし、『仲間として認めてられてないんじゃないか』という気持ちもありました。ですから、とりあえず名前を覚えさせてやろうと必死に『ジャポンじゃない』と否定していたら『なんだ、ジャポンと言われるのが嫌なのか?』とある選手に聞かれたんです。『好きではないよ。ジャポンって国名だぜ。じゃあ、俺は君たちのことを“ブラジル”と呼ばなきゃいけないのか』と言って、ようやく『ああ、確かにそうだな』と理解してくれました(笑)」

 また、須藤は“名前問題”の中で、日本人とブラジル人の性格的な違いも感じたという。
「日本人は馬鹿にされたら真面目に返す人が多いと思うんです。少なくとも僕はそういうタイプでした。でも、ブラジルではそれを軽く受け流す、もしくは言われた以上の言葉を返すんです」
 その違いをはっきり感じとれた出来事があった。ある日、須藤と数人の選手たちはウォーミングアップの一環で、ボール回しを行っていた。すると、ひとりの選手が須藤に「おい、ジャポン」と話しかけた。そこで須藤はこう返した。

「なぁ、ジャポンって国のことだぜ。意味、知っているのか?」
 言い返された選手は、返す言葉に困り、苦笑を浮かべるしかなかった。それを見ていたチームメイトは「須藤、もっと言え!」と腹を抱えながら笑っていた。

「周囲の反応を見て、ブラジル人たちの文化はこういうことなんだなと。怒って言い返すのではなく、少しいなしたように返す。それで周囲は盛り上がるし、当事者同士も気まずくなるというよりも、逆にコミュニケーションがどんどん深まっていくんです」
 郷に入りては郷に従え、ということか。

 こうして須藤自身は着実にブラジルの文化に順応していった。しかし、その一方で須藤はあるトラブルにも見舞われていた。チームに合流して3カ月が経過しても、彼の選手登録は完了していなかったのだ。 

<須藤右介(すどう・ゆうすけ)>
1986年5月7日生まれ、東京都出身。ヴェルディユース―名古屋―横浜FC―松本山雅―サルゲイロAC。05年、ヴェルディトップチームには昇格せず、名古屋に入団。08年に移籍した横浜FCでは09年シーズンは29試合に出場した。10年、当時JFLに所属していた松本山雅に加入。11年シーズンはキャプテンとして30試合に出場し、J2昇格に貢献した。12年シーズン限りで松本山雅を退団し、13年にブラジルへ。同年7月、サルゲイロACに入団。サルゲイロではコパ・ド・ブラジルでインテルナシオナルとの対戦を経験している。身長182センチ、78キロ。ポジションはMF。

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(文・鈴木友多)