砺波洋子 第3回 「シマジ先生には生まれながらにしてサイキックな才能がおありです」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ あいつとはじめて仕事をしたのは、いまは無き『ランティエ。』という雑誌だ。角川春樹さんがつくった文化的な雑誌だった。あいつがどうしておれに目をつけたのかは知らないが、おれの兄貴分の堤堯さんもあの雑誌に連載していたんだ。おれがまだ集英社インターナショナルの社長をやっていたころで、紀元前、つまり東スポの連載が始まる前の話だから、ヒノがおれの最初の担当編集者なんだよ。

しかしそのうち『ランティエ。』は休刊の憂き目にあい、ヒノは生活のためにある通販雑誌の編集者になった。そこではさすがに自分の才能が活かされず、あいつは悶々と過ごしていたんだろうね。2年ぐらい働いて辞めてしまった。

それから『食楽』というグルメ雑誌に移った。するとあいつはすぐさま「美食の懺悔録」という連載を振ってきた。おれの食道楽をよく知っているヒノらしい企画だったんだが、不幸にしてその後『食楽』は月刊から季刊になってしまい、おれの連載も終わってしまった。そしてヒノは再び浪々の身となった。

そこでおれがセオを呼んで「現代ビジネス」編集部に紹介したんだ。「あいつは才能ある優秀な編集者だよ」とね。

セオ そこでわたしは断言したんです。「わかりました。この時代、天下の堤堯さんとシマジさんの二人を担当していただけで力量は保証済みです。一度会わせてください」と。するとシマジさんがその場でヒノに電話を入れて「セオ、二人だけで会え。重要なのはお前たちの相性だ」といったんです。

砺波 なるほど。人生には運と縁が大切ですからね。

シマジ もう一つ、編集者には「センス」が重要なんです。だからわたしは人生に必要なものは「運と縁とセンス」だといっているんです。

砺波 おっしゃる通り、どの世界でもセンスは大事です。

シマジ 砺波先生はさきほど、ヒノにとっての2014年はドラスティックに変化する年だといわれましたよね。

砺波 そうです。

シマジ それではあいつの運勢を先生の『中国算命学 開運言玉 2014年版』に則ってわたしが代わりにみてみますから、まちがっていたら指摘してください。

セオ いきなりシマジ算命学のはじまりですか。大丈夫なんですか?