NHK大河『軍師官兵衛』がいよいよスタート! 10分でわかる「黒田官兵衛」って、こんな人 登場人物相関図付き

現代ビジネス編集部

「摂津国有岡城の城主・荒木村重が信長に謀反を起こすのです。かねてから懇意だった官兵衛は、単身、村重の説得に向かいますが、捕らえられ幽閉されてしまう。1年もの間、劣悪な環境に閉じ込められた官兵衛は、頭髪がぬけ、膝も不自由になってしまいます。

ただ私は、幽閉されていたときの姿にこそ、官兵衛の人間性が表れていると思います。裏切りが常の戦国の世ですから、荒木に『許してくれ』と普通の武将なら泣きつくところです。しかし彼はそれをしなかった。忠誠を誓った信長と秀吉を、最後まで裏切らなかったんです」

このとき、官兵衛は34歳。軍事参謀として本格的に秀吉の天下取りを支えていく姿は、ドラマの第2幕から描かれていく。

最大のハイライトシーンとなるのは本能寺の変と、その後の明智光秀討伐だ。そのころの官兵衛は、「軍師」として最も輝いていた時期だと、前出の小和田氏は言う。

「親以上の存在だった信長が討たれたと聞いたとき、秀吉は茫然自失の体だったといいます。その状態の秀吉を立ち上がらせたのが、官兵衛です。官兵衛は泣き崩れる秀吉に『これで殿のご運が開けましたな』と進言した。その一言で、秀吉はハッと我に返るんです。ただちに対峙していた毛利家との講和交渉をまとめて、明智討伐に向かう。いわゆる『中国大返し』は、官兵衛のおかげだったんですね」

つくべき人間を誤らない

官兵衛の活躍はそれだけではない。ドラマでも、官兵衛が講じた「奇策」が描かれる。

講和の際、毛利方の重鎮・小早川隆景(鶴見辰吾)から旗を20本ほど借りた官兵衛は、それを大阪へ近づいた秀吉軍の戦陣に立てるのだ。ちょうどこの時期、大阪周辺の武将たちは、光秀か秀吉、どちらにつくか迷っていた。そこに小早川の旗を立てたことで、毛利も秀吉方に加わったと見た武将たちは、「勝ち馬は秀吉だ」と、次々と味方に加わった。最小の労力で最大の効果をあげる。稀代の軍師と呼ばれるゆえんだ。

「中国大返し」での官兵衛の活躍ぶりに、主君である秀吉すらも恐れをなした、という逸話もある。

「これは『古郷物語』という史書に書いてあるんですが、秀吉が『俺のあとに天下を獲るのは誰だと思うか』と家来に聞いたことがあった。家来たちは、『家康だと思う』とか『前田利家じゃないか』などと答えた。それに対して秀吉は『お前たちは考えが甘い。俺の後に獲るとしたら、それは黒田官兵衛だ』と言ったそうです。その場にいなかった官兵衛は、この話を伝え聞き、『秀吉に殺されるかもしれない』と感じた。秀吉はそれほど容赦ない人物でしたからね。そこで、家督を長政に譲り、自身は隠居したんです」(前出の松平氏)

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