NHK大河『軍師官兵衛』がいよいよスタート! 10分でわかる「黒田官兵衛」って、こんな人 登場人物相関図付き

現代ビジネス編集部

「職隆は現代で言えば、町工場の社長のようなもの。大企業に飲み込まれるのがいいのか、そのまま独立するのがいいのか。読み違えると、あっという間に殺される時代なので、大変だったと思います。そしてその苛酷さを官兵衛に教える人物でもありました」

「上司」を裏切らない

官兵衛には他にも、現代を生きる我々と通じる部分がある。権力者は何人も側室を抱えるのが当たり前だった時代に、生涯で一人の妻しか持たなかったのだ。その妻との間に子供を二人もうけたが、一人は早逝。後の筑前福岡藩初代藩主となる黒田長政を一人息子として育てた。

「普通人」だった官兵衛が、歴史の表舞台に登場するのは、30歳をすぎてから。その頃、天下の情勢は大きく動きはじめ、織田信長がすでに力を失っていた室町幕府の将軍・足利義昭を擁立し、官兵衛のいる播磨国へと勢力をのばそうと企んでいた。

官兵衛が仕えていた小寺家では、畿内で急速に力をつけはじめた新興勢力の織田信長と、中国・四国を支配する毛利輝元のいずれにつくべきかという、お家の存続にかかわる選択を迫られていた。

家臣の大勢は、当時まだ信長よりも巨大だった「毛利につくべし」という意見だったが、官兵衛一人が違った。信長の将来性を見抜き、「信長に帰順すべし」と主張し、主君・小寺政職を説得したのだ。

現代のサラリーマンが上司を選べないのは当たり前のことだが、官兵衛もまた、主君との関係に苦慮する家臣だった。チーフ演出を務める田中健二氏が言う。

「官兵衛の主君・小寺政職は、優柔不断な上司として登場します。演者の片岡鶴太郎さんが、そんな政職の人間性を上手く表現してくれています。織田と毛利、どちらにつくか決断を迫られているのに、『ここは思案のしどころじゃのう』としか言わない。どの会社にもいる、『検討する』と言って何も決めてくれない上司です。官兵衛は説得するのに、相当骨を折ることになります」

秀吉と官兵衛が運命の出会いを果たすのは、信長の傘下に加わった2年後。秀吉が、毛利討伐のために播磨へと派遣されてきた1577年のことだ。

官兵衛の能力をすぐに見極めた秀吉は、彼を重用し、まずは播磨国の平定にとりかからせる。

官兵衛は順調に勝利を収め、播磨国の平定間近までせまる。しかしその最中、人生最大の悲運に見舞われてしまう。

歴史学者であり、今回の大河ドラマの監修も務める小和田哲男氏が言う。

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