NHK大河『軍師官兵衛』がいよいよスタート! 10分でわかる「黒田官兵衛」って、こんな人 登場人物相関図付き

現代ビジネス編集部

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、戦国の三英傑に仕え、乱世を駆け抜けた黒田官兵衛。「天才軍師」と呼ばれる一方で、官兵衛は、腹黒く、狡猾なフィクサーと評されることもある。一体、どちらが本当の官兵衛なのか?今回の大河ではそこにも注目してほしいと、チーフプロデューサーの中村高志氏は言う。

「官兵衛は自分のためというよりは、家族や家臣のために、どうやって生き抜くかを常に考えて行動した人物だと考えています。戦国の世、当主である官兵衛が判断を一つ誤れば、すぐにお家は潰れてしまう。そんなぎりぎりの状況のなかを上手く切り抜けていった結果、『天下一の軍師』とまで呼ばれるようになった。官兵衛の送った人生は、現代の企業人のサクセスストーリーにも、通じるものがあります。戦国時代を高度経済成長期に置き換えれば、想像しやすいんじゃないでしょうか。

ただ、そのために官兵衛がやったのは、権謀術数の限りを尽くすことではありませんでした。むしろウソをつかず、胸襟を開いて相手の懐に飛び込むことで、人を動かした。裏切りを嫌い、人を殺すことも好まなかったとも伝わっている。今回の大河では、官兵衛のそんな一面を描いていきたいと思います」

官兵衛は1546年、姫路城主・黒田職隆の嫡男として生まれた。

黒田家の祖先は近江出身で、諸国を流浪した末に、姫路に辿り着いたとされている。その後、家伝の目薬を売って財を成し、そのカネで低金利での金貸し業を始めた。労働力による返済も認めたことで、奉公人を増やしていった。やがてその勢力が播磨国の有力豪族・小寺氏の目に留まり仕官。父・職隆のときに姫路城代という重職に抜擢され、官兵衛はその後を継ぐことになる。

元NHKアナウンサーで日本史にも造詣の深い松平定知氏は、官兵衛についてこう語る。

「私は9年間、『その時歴史が動いた』という番組をやっていくなかで、多くの歴史上の偉人と知己になりました(笑)。実はそのなかで、一番好きなのが黒田官兵衛なんです。

その大きな理由は、彼が『普通の人』だったからです。当時の姫路はさほど大きな町ではありませんでした。ですから官兵衛は、城主といっても、常に小寺氏という上司の顔を立てなければならない、中間管理職のような存在だった。出自からして、それほど恵まれてはいないんです。

また、実はそれほど才気走るという人物でもなかった。上司の要求に応えながらも、部下たちや家族のために、必死に知恵をしぼって、戦国の世を生き抜いた人なんです」

官兵衛の人生に多大な影響を及ぼした父・職隆役を演じる柴田恭兵もこう話す。

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