[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
山﨑武司(元プロ野球選手)<前編>「逆境を救ってくれた2人の恩師」

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打撃開眼へのプロローグ

二宮: 「今のままじゃ、もう打てないぞ」と、楽天に入団した早々、田尾さんに言われたそうですね。
山﨑: はい。僕はそれまでポイントを前に置いて、前でドーンと打っていたんです。バッターとして常識とされる「後ろ足に重心を残す」という理論をよしとしていませんでした。ところが、だんだん年齢とともに、それでは通用しなくなっていたんです。

二宮: 田尾さんの指導で、それまで前だったポイントを後ろにかえたと。
山﨑: そうなんです。正直、20年以上もやってきた打法を変えるには、勇気がいりましたよ。ただ、今の状態では打てないことは確かでしたから、まずは言われた通りやってみようと。やってダメだったら辞めればいいんだから、と捨て身の気持ちでやりました。

二宮: 最初は詰まってばかりで、相当苦労されたとか。
山﨑: そうなんです。バッターというのは詰まらされるのが一番屈辱的なんです。でも、とにかくその1年に賭けていましたから、かたくなにポイントを後ろにすることは守り続けましたね。練習では田尾さんに「違う!」と、よく怒れましたよ(笑)。

二宮: いつ頃から、掴み始めましたか?
山﨑: 1年目の7月からですね。通常、バッターは真っ直ぐを待って変化球にも対応する、というのが普通なのですが、7月あたりから緩い変化球を待っていても、真っ直ぐをとらえられるようになったんです。「あ、これなんやな」とぼんやりとですけど、イメージできるようになりました。

二宮: この時につかんだ感覚が、2年後のホームラン王につながったと。
山﨑: はい、そうですね。当時、よく言われたのは「力感ないね」と。「全然振っているように見えないのに、何であんなに飛ぶんですか?」とよく聞かれました。自分の中では、完全に重心を後ろ足に残して、ドーンと回るだけでいいというイメージで打っていました。だからスタンスをあまり広げず、力まなくてもボールが飛んでくれたんです。

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