[プロ野球]
佐野慈紀「あっぱれ! 則本&小川の投げっぷり」

スポーツコミュニケーションズ

野茂同様の大砲弾

 一方、セ・リーグの新人王に輝いた小川は、ドラフト会議で指名された時から、彼の独特なフォームが話題となっていましたね。足を高く上げるダイナミックなフォームは、ノーラン・ライアンを彷彿させるということで、“和製ライアン”と言われています。実際、小川投手は『ノーラン・ライアンのピッチャーズバイブル』を読んで参考にしたという話は、今ではプロ野球ファンの間では有名でしょう。

 しかし、私が彼のピッチングを見て、頭の中に浮かんだのは野茂英雄なのです。それはフォームというよりも、ボールの強さでした。特に印象深かったのは9月15日、神宮球場での阪神戦でのピッチングでした。この試合、小川投手は完封で14勝目を挙げたのですが、終盤に入ってもバランス良く、フィニッシュまできれいに投げていました。球速自体はそれほどでもないのですが、ボールには小川投手の全身から出力された力がしっかりと伝わっており、阪神打線をきりきり舞いさせていたのです。「これは打てんわ」と言いたくなるようなボールは、野茂を彷彿とさせるものでした。

 近鉄時代、間近で野茂のボールを見た時の衝撃は今でもはっきりと覚えています。それまで私が目にしていた好投手のボールは、言葉にしたら「シュルシュルシュル、スパーン」というものでした。ところが、野茂のボールは違いました。いきなり「ズドーン」という音がするのです。それはまるで大砲弾を見ているかのようでした。小川投手のボールも、その「ズドーン」だったのです。

 小川投手は身長171センチとプロ野球選手としては小さく、決して体格に恵まれているとは言えません。その小川投手が、身長188センチと身体の大きな野茂と同じ強いボールを投げられるなんて、不思議に思うかもしれませんね。しかし、小川投手には野茂と共通している部分があるのです。それは身体全体をうまく使ったフォームだということです。それともうひとつは、“間”です。小川投手は足を高く上げた後、踏み出すまでにタメをつくります。そこで“間”ができるのです。野茂にも“間”がありました。そして、それらを可能にしているのは、野茂も小川投手も、強い下半身、そして股関節の柔らかさがあるからなのです。

 小川投手の今季の成績は、26試合に登板し、16勝4敗、防御率2.93。完封勝利が3試合というのも、小川投手のすごさを表わしていますね。小川投手のルーキーらしからぬ武器はクロスボール、つまり右打者へのアウトコース、左打者へのインコースへのストレートに自信を持っていることです。これは則本投手、そして高卒ルーキーながら10勝(6敗)を挙げた藤浪晋太郎投手(阪神)にも言えることなのですが、勝負球のひとつであるクロスのストレートの投げっぷりが非常にいいのです。「ここに投げれば、絶対に打たれない」という自信をを持っているからこそ、思いっきり腕を振れるのでしょう。

 さて、どのスポーツの世界においても“2年目のジンクス”という言葉がありますが、実際に2年目というのは苦労するものです。特に1年目に活躍した選手に対しては、球団も選手も、研究して対策をたててくるからです。しかし、何よりも怖いのはケガです。ケガをして投げられないようになってしまっては、壁にぶつかることも、課題を見つけることさえもできないのです。

 私はプロ2年目、シーズン途中でヒジを痛め、二軍に落ちてしまいました。知らず知らずのうちに、身体に負担がかかっていたのだと思います。1年目のシーズンを終えた時、確かに初めてのプロの生活で疲労はありましたが、手応えを感じていましたから、心地良さを感じていました。そして「もっとやれる」と思い、オフはトレーニングに励みました。

 しかし、身体を鍛える一方で、しっかりと休養させることにも高い意識をもって、オフシーズンは過ごしていたのです。ところが、いざシーズンに入ると、いつの間にか身体をを休ませることへの意識が希薄になっていました。それが故障につながったのだと思います。ですから、則本投手と小川投手にはシーズンに入ってからも、身体を休ませることにも意識を働かせ、ケガのないシーズンを送ってほしいと思います。

佐野慈紀(さの しげき)
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商-近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日-エルマイラ・パイオニアーズ(米独 立)-ロサンジェルス・ドジャース-メキシコシティ(メキシカンリーグ)-エルマイラ・パイオニアーズ-オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6 球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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