鈍足の4番打者にして、愛すべき酔っぱらい 阪神タイガース「遠井のゴロちゃん(遠井吾郎)」を語ろう

今週のディープ・ピープル
田淵幸一×江夏豊×川藤幸三

週刊現代 プロフィール

川藤 左中間への当たりで普通の選手なら二塁打やけど、なぜかワシは、楽々アウトやった。

江夏 足が遅すぎるんや。

川藤 ベンチに戻って、みんなに大笑いされたわ。

なんて優しい人なんや

田淵 川藤はちょっと抜けたとこが遠井さんに似てた。そう言えば、遠井さんの素振り用のバットを譲ってもらったんだよな。

川藤 そうそう、遠井さんが家で振り込んで、手垢や脂で、グリップが黒くなった樫の木のバットな。

江夏 決して人前で努力しているところを見せたりしない人だったけど、見えないところで、ちゃんとやっていた。

田淵 あの柔らかいバッティングはそうやって作られたんだな。

川藤 その樫の木のバットを、遠井さんの家に行ったときに見つけて、重たいんやけど、握った瞬間、ものすごくフィーリングがよかった。それで遠井さんが引退した後に「もうええやないですか。ワシにくださいよ」とお願いした。そうしたら「簡単に人にやるもんちゃう。規定打席に足らんでもええから3割打ったら考えたる」と言われて、初めて3割を意識した。

田淵 それで打ったのか。

 

川藤 '78年に代打ながら、プロ初の3割をマークして譲ってもらった。そのバットを握ると、記録は遠く及ばないけど、負けんようにやらなアカンという気持ちになれた。引退まで素振りはずっとそのバットやった。

江夏 そのバット、今はどうなったの。

川藤 実はワシと同じようにジョー(真弓明信)が欲しがって、辞めるときに譲る約束をしとったの。ところが、引退するときに他の連中からもバットをくださいと頼まれて、「ロッカーから勝手に持っていってええぞ」と何人にも言うとったら、そのバットも知らん間になくなっとった。

田淵 それはもったいないことをしたな。でも、3割打てたわけだろ。遠井さんの言葉にうまく乗せてもらったよな。

江夏 遠井さんは、ホンマに怒らん人やった。忘れもしないけど、一度試合中にイラついて、ファーストの遠井さんにカーブで牽制球を投げたことがある。遠井さんは「うおお」とびっくりしながらなんとか捕ってくれたけど、すぐにマウンドに向かってきた。これは怒られると思ったら、「お~い、ゆたか。まっすぐ放れよ」ってひと言だけ。