[虎四ミーティング]
清水宏保(スピードスケート)<後編>「超一流は大きく見える!?」

スポーツコミュニケーションズ

恵まれないからこそ自らで工夫

二宮: 清水さんは2010年に現役を引退されて、もう4年近くが経ちます。競技から離れた生活には慣れましたか?
清水: はい。この4年間というのは、現役をやめた後、何をやるのか模索をしていた時期でもあります。今はそれが見えてきましたね。

二宮: 今年の7月からは札幌で治療院を開院されました。それもそのひとつですか?
清水: そうですね。あとは呼吸器内科専門の病院を開きたいと考えています。その横で運動ができる場所を設け、一般の方がどれくらいの運動量で、最適な治療ができるのかを研究したいんです。整形外科の分野とも連係がとれたら、よりいいでしょう。運動と医療をミックスする場を設けることで、アスリートが現役をやめた後にも働ける場所をつくりたい。選手たちのセカンドキャリアにも携わりたいですね。

二宮: 清水さんには喘息患者でありながら、それを克服し、金メダリストにまでなった。清水さんにしか、わからない世界もあるでしょう。最近は、国立科学スポーツセンター(JISS)などができて、トップ選手は医科学面でのサポートも受けられるようになってきました。清水さんが現役の頃はナショナルトレーニングセンター(NTC)もないから、自分でやるしかなかったでしょう?
清水: そうですね。今の選手は恵まれていますね。金銭面でもそうですし、ケアの部分でもたくさんのサポートを受けています。僕の時代は自分でやるしかなかった。だからこそ、いろいろな工夫ができました。その試行錯誤は今に生きていますよね。最近の選手はいい環境を与えられてはいますが、いいことでもある反面、悪い面もあるように思います。

二宮: それはやはり、自分で考えてやっているのではなく、やらされているところがあるからでしょうか。恵まれていない環境はもちろん良くないけど、恵まれ過ぎると、自分自身で考えて工夫する力が養われにくくなるのかもしれません。
清水: そう思います。だから与えられた環境の中でも、さらに「もっと工夫ができるんじゃないか」と考えながら、取り組んでほしいですよね。そうやってプラスアルファができる選手がたくさんいたら、力もプラスアルファでついてくる。他の選手にもいい影響を与えて、全体の底上げにつながります。

二宮: 独自のトレーニング方法を工夫していると、これまでの慣例や常識とは相いれない部分も出てくるはずです。コーチや周囲と意見が合わないこともあったのでは?
清水: ありましたよ。スピードスケートの500メートルの世界で、34秒という数字がひとつの目標タイムになった時、他に誰も34秒台で滑った選手はいなかった。だから、すごく生意気な言い方になってしまうのですが、そのための術を聞ける人は誰もいない。それは自分で考えてやっていくしかないんだと思いましたね。だから、自分の理論に従って、やりたいことをやっていました。

二宮: 前人未踏の領域に足を踏み入れるわけだから、前例が当然ない。自分の道は自分で切り開くしかなかった。
清水: トレーニング内容もそうですが、技術論でも周囲と話していて温度差がありましたね。いろいろ言われても、ある程度のタイムが出せるまでは自分の中で“そうじゃないんだよな”と思いながら、黙ってやっていましたね。