明仁天皇と接した75年 幼稚園児のころからの級友(明石元紹氏)が初めて明かした

スペシャル・インタビュー
週刊現代 プロフィール

そして陛下がお待ちの応接室に入った時、思わぬことが起こりました。部屋に入ってきた彼を見た瞬間、陛下はすごい勢いでツカツカ歩み寄ったかと思うと、血相を変えてこうおっしゃったのです。

「来るなと言ったろ! 君には会わないと言ったろ!」

そして、その級友の胸ぐらを摑み、部屋から追い出してしまった。後に聞いた話では、美智子さまのことで、「これだけは書くなよ」と陛下が言ったことを、彼が記事にしてしまったらしいのです。つねに平常心を保たれる陛下が、本気で怒ったのを見たのはこの時だけです。陛下の美智子さまへの深い愛情がうかがえた出来事でした。

陛下と美智子さまは手を取り合い、皇室を変えていこうと努力されてきました。それに対して昭和天皇に仕える侍従たちからは当時、厳しい目を向けられたこともありました。たとえば、お子さまたちを自分たちの手で育てると決めたときには、「君主として立たれる人は、親のそばにいたのでは、本当の強さは身につかない」と批判を受けました。

自立心や心の強さは、親の庇護から離れた厳しさのなかで育てられて、初めて身につくという考えも一理あるでしょう。でも、けっして甘やかして育てたわけではありません。

陛下は、お子さまたちに、一人の親として、愛情を注いでお育てになられました。とはいえ、皇太子殿下と秋篠宮さまでは、育てられ方がはっきりと違っていたのです。私はこのご兄弟を幼いときからよく存じあげていますが、皇太子殿下は甘えることが許されず、いつも突き放されていました。テニスをしていても、暗くなっても続けているのが秋篠宮さまで、皇太子殿下は時間になったら「勉強がありますから」と、さっと切り上げていました。

皇太子殿下は大変まじめな方であり、最近は震災の被災地へも頻繁に足を運んでおられます。ただ、陛下も言っておられますが、両陛下と同じことをなさらなくても、別の方法で国民に寄り添うことはできる気がします。両陛下と違っても構わないと思うのです。

それよりも私が気がかりなのは、宮内庁のあり方です。いま、宮内庁は政府機関の一部になり、そこで働く職員も官僚機構のなかに組み込まれてしまっています。これでは、陛下のご公務の事務的なサポートはできても、陛下がひとりの人間としてお困りになっているとき、どれだけお力になれるか疑問です。

かつて昭和20年代から50年代前半まで宮内庁長官をつとめた宇佐美毅さんは、天皇を政治利用しようとする政府からの注文をはねつけ、身を挺して天皇をお守りしました。しかし、いまはそういうことができる人はいません。民主党政権下で、中国の要人と陛下との謁見が強引に実施されたことは、記憶に新しい、忌むべき出来事です。