60年前、生まれた病院で「取り違え」貧しい他人の家庭で育った 男性の人生を考える

実の親は裕福だった いまはトラック運転手 いまさら「真実」が分かっても…
週刊現代 プロフィール

そして希望は見えた

今回のケースと同様、出生後46年経ってから両親と血のつながりがないことが判明した事例もある。東京都が運営していた産院で他人と取り違えられたとして、'04年に男性が東京都を訴えた。実の親こそ見つからなかったものの、裁判所は原告の男性に対して1000万円を支払うよう都に命じた。この訴訟で原告側代理人を務めた大塚尚宏弁護士はこう話す。

「取り違えが判明しても『いまさら』と考える人はいるでしょう。私が担当した男性自身も、実の親に会いたいという思いを募らせながら、一方で『育ての親であることに変わりはなく、これからもっと大切にしたい』と話していましたから」

Aさんが実の両親が別にいると知ったのは、還暦を迎える直前だった。その間、苦労はあっても育ての親や血のつながっていない兄2人との間に、家族として愛情を通わせる出来事が、いくつもあったに違いない。

Aさんは会見でも、

「育ててくれた母親はできることを精いっぱいやってくれた。兄2人にもかわいがってもらった」

と家族に対する感謝を口にしていた。だからこそ、こういう問いも生まれてくる。その歳で〝真実〟を知ることは、はたして幸せなことなのか—。

この難問について心理学者で早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏はこう語った。

「60歳までに形成してきた人格の土台が崩れるわけですから、そこでどんな気持ちになるのかは本人に聞いてみないと分かりません。知らないほうが幸せだったのか否か、それは本当に難しい問題です。貧しい家庭で育ったとか、実際は裕福な家に生まれていたとか、そういったレベルの話ではありません。もっと深刻な心の問題です。

もしこの方が、取り違えられたことも含めて自分の人生に意味があったと感じることができれば、そのときは家族関係で悩んでいる多くの人に夢と勇気を与えることができるのではないでしょうか」

そして、前出の山折氏もまた、Aさんの言葉とふるまいに希望を見出す。

「この男性が、育ての家族に感謝の気持ちを表していることが重要なポイントです。裁判所が『血縁主義』と『科学技術信仰』にのっとった判決を出すなかで、男性の感謝の言葉は一条の光だったように私は感じます。黄金の言葉です。この一言で、今回の一件は救われたような気がします」

「週刊現代」2013年12月14日号より