映画『ハンナ・アーレント』どこがどう面白いのか 中高年が殺到!

週刊現代 プロフィール

学生や大学の教授が見つめる中、教壇に立ち、煙草を吸いながら、彼女はこう訴えかける。

「(アイヒマンを)罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。『自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ』と。世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪推も悪魔的な意図もない。(彼のような犯罪者は)人間であることを拒絶した者なのです」

さらに、自分はアイヒマンを擁護したのではなく理解を試みたのだと主張したうえで、このようにも語る。

「アイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となった。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。〝思考の嵐〟がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように」

「出来ません」と言えますか

アイヒマンは裁判で、ユダヤ人をガス室に送ったのは自分の意志ではなく、上層部からの命令だったと主張した。その姿はアーレントの眼に、組織の調和を乱さないことを重んじ、言われたとおりにしか動かない小役人のように映ったのだ。

思考停止が悪を生む。考えることで人間は強くなる。映画を通じて「主張したいこと」は、この真理だった。

「アーレントの言葉に恐怖感を抱きました。私の胸に、ぐさりと刺さりましたね」
映画評論家の佐藤忠男氏はこう話す。

「ユダヤ人としては、アイヒマンらを真っ向から非難し、断罪することが当時の常識でしたが、彼女はそれをしなかった。善悪を考える力もない連中の犯罪だった、と主張したわけです。それは、単純な正義を振りかざす者に『お前は程度が低いよ』と言ったようなもの。これまで人間が依って立っていたプライドの根幹を揺るがすような彼女の姿を描いたことが、非常に秀逸でした」

佐藤氏が言うように、アーレントの言葉をわが身に向けられたものとして受け止め、感銘を受けている人は多い。「この映画の人気の秘密は、アイヒマンはどこにでもいるからではないか」と語るのは、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏だ。