伝説の極悪P(土屋敏男元プロデューサー)が語る『電波少年』秘話とテレビの未来

フライデー

「いまの時代は予算やコンプライアンスといった制約が多いから、『電波少年』みたいな番組は作れない……そんな話を耳にすると、ちょっと違和感があるんですよね。『電波』だって、いろんな制約のある中で始まったんですから。

『電波少年』はもともと〝つなぎ〟の番組として生まれたんです。それまで放送されていたウッチャンナンチャンの番組を一時的に休まなければならなくなったので、『放送再開するまでの、つなぎの番組を作れ』と編成からの指令が下った。それが始まりでした」

放送開始までに与えられた準備期間は約2ヵ月とあまりに短いうえ、出演が決まっていたのは、当時は無名の松本明子と松村邦洋だけ。

「制約だらけですよ(笑)。でも、その条件の中でやりたいことをやってやろう、誰も見たことのないような画を見せてやろうと思いました。せっかくテレビの世界に入ったんだから、テレビの歴史では見たことのない画を見せたいと思った。そこで、松本が当時バスケットボールの日本代表選手で、住友金属に所属していた岡山恭崇さんに会ってみたいと言うので、会いに行くことにしたんです。身長227cmの岡山さんに松本が『高い高~い』をしてもらえば、面白い画にはなるだろうと思って」

だが、住友金属に取材をさせてほしいと「アポ入れ」したところ、直前にNGが出てしまった。放送開始までに残された時間はほとんどない。そこで生まれたのが「アポなし突撃」だった。

「『許可はないけど、会社の前に一日張り込めば、岡山さんに会えるだろう』と考えて、ダメもとで松本に張り込みを命じたんですよ。そうしたら待つこと数時間で、岡山さんが現れて、松本に高い高~いをやってくれたんです。そこで、松本が嬉しさのあまり泣き出したんですよ。バラエティ番組のはずなんだけど、出演者が泣いている。これは面白いな、これこそ誰も見たことのない画だなと思って、その涙を流しているシーンまで放送したら、予定調和でない展開がウケた。よし、この路線で行こう、と。『アポなし突撃』は偶然の産物だったんです」

人間ドラマがあった

以降、『電波少年』は「誰も見たことのない」企画を連発する。松村をお見合い結婚させて、その直後に離婚させる、山崎邦正をロシアンマフィアのアジトに潜入させて、ロシアンルーレットで対決させる、出川哲朗を「生き餌」にして、人喰いザメを捕まえる……。前代未聞の企画の連発によって、同番組の視聴率はうなぎ上りに。だが、土屋氏は過激さをウリにしたからウケた、とは考えていない。