[BCリーグ]
石川・森慎二監督「“切り替え”によってつかんだ勢い」

スポーツコミュニケーションズ

光った納谷の好リード

 そして迎えた独立リーグチャンピオンシップでは徳島と対戦しました。奇しくも2年前、BCリーグとしては初の日本一を達成した時の相手が徳島でした。とはいえ、当時とはお互いにメンバーはガラリと変わっていますから、徳島にとっても苦手意識はなかったと思います。

 初戦は5回に先制したものの、終盤に失点し、1-2で敗れました。敗因は、徳島のリリーフ陣が予想をはるかに上回る素晴らしいピッチングをしたことにありました。特に2番手の入野貴大には驚きました。前情報では、「球は速いけど、打てないピッチャーではない」というものだったのですが、スピードだけでなく、非常にキレがあり、ちょっとやそっとではバットにさえ当てられませんでした。

 後から聞いたところ、その日の入野はシーズン中でも滅多にないほど、最高のピッチングだったそうです。毎試合、あのキレが出すことができれば、それこそ「NPBでも十分に通用するのに……」と思うくらいの素晴らしいピッチングでした。

 2戦目以降は、お互いに徐々にどういう配球でくるのか、何を狙っているのかなど、傾向がわかってきます。そこで対策をたてるわけですが、その中で2戦目から3連勝することができたのは、ひとえにキャッチャー納谷嶺太(出雲北陵高-甲賀健康医療福祉専門学校-石川-群馬ダイヤモンドペガサス)の巧みなリードがあったからに他なりません。もちろん、南和彰(神港学園高-福井工業大-巨人-カルガリーパイパース)や木田優夫さん(日大明誠高-巨人-オリックス-タイガース-オリックス-ドジャース-マリナーズ-東京ヤクルト-北海道日本ハム)といったベテランの存在も大きかったことは言うまでもありません。

 いずれにせよ、日本一の座を奪還できたのも、応援し、支えてくれたファンや関係者のおかげです。改めて感謝したいと思います。ありがとうございました。また、来季も石川ミリオンスターズの応援、よろしくお願いします。

森慎二(もり・しんじ)>:石川ミリオンスターズ監督
1974年9月12日、山口県出身、岩国工高卒業後、新日鉄光、新日鉄君津を経て、1997年にドラフト2位で西武に入団。途中、先発からリリーバーに転 向し、2000年にはクローザーとして23セーブを挙げる。貴重なセットアッパーとしてチームを支えた02、03年には最優秀中継ぎ投手に輝いた。05年 オフ、ポスティングシステムによりタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)に移籍。2年間のメジャー契約を結ぶも、オープン戦初登板で右肩を脱臼。07年、 球団から契約を解除されたものの、復帰を目指してリハビリを続けてきた。09年より石川ミリオンスターズのプレーイングコーチに就任。10年からは金森栄 治前監督の後を引き継ぎ、2代目監督としてチームの指揮を執っている。