内田洋子 第4回 「本読みのシマジも唸る作家・内田洋子の数のレトリックと『私』の観察眼」

島地 勝彦 プロフィール

内田 シマジさんのエッセイを読むと、ヴェネツィアには何度も行かれて大層お気に入りみたいですね。

シマジ 5,6回は行きましたね。はじめて行ったのは32,3歳でした。当時の集英社の若菜常務の鞄持ちで行ったんですが、おそらく若菜さんは、旅をしながらわたしの人間性を観察していたように思います。

立木 よく若菜さんがお前のわがままを許したもんだ。

シマジ おれは自分を飾らずそのままでお仕えしたんだ。旅費もすべておれが預かっていた。

立木 おお、怖わ、怖わ。金銭感覚ゼロのシマジに若菜さんがよく金を預けたね。まさか旅の途中で使い果たしたんじゃないだろうな。

シマジ そのころパリ、ニューヨーク、ロスに集英社の支局があったから、いざというときはそこで無心出来たんだ。約2週間、文化的な贅沢をしながらの素敵な珍道中を若菜さんも面白がっていたよ。

立木 道中、トラブルはなかったのか?

シマジ あったらその後のおれはなかったろうね。待てよ、そうだ、一度だけあった。パリの超高級ホテル、ジョルジュ・サンクにチェックインしたときだった。若菜さんの部屋に「シマジ、ちょっとこい」と呼ばれたんだ。行ってみると若菜さんが青筋を立てて怒っていた。

「シマジ、このドアの後ろに貼ってある宿泊料をみたか!」と。「日本円に換算すると1泊30万円もするじゃないか。お前の金銭感覚はどうかしているぞ」と。

「いやいや、わたしがフロントで聞いた話によれば、予約のとき前払いしていた3万円でいいといっていたような気がします」

「お前の語学力で『気がします』は当てにならない。もう一度訊いてこい。シマジ、冷静に考えてみろ。いまごろわれわれの仲間は神保町で柳屋の蕎麦をかっ込み一生懸命働いているんだぞ」と、まるで組合の委員長みたいなことをいう。

仕方がないのでフロントに訊きに行ったら「あなたたちはラッキーだったのです。じつはホテルの手違いでオーバーブッキングしてしまいまして、事前に予約したあなたたちを特別スイートルームにご案内したんです」というではないですか。

ニコニコしながら若菜さんの部屋に戻ってそう報告すると、「こういうことはリコンファームしないと、チェックアウトのときに二人で60万円払うことになったかもしれないぞ」といっていました。