『存在しない小説』いとうせいこう・編
虚構に贈る虚構

第二回は「リマから八時間」。ペルーの作家が田舎の村で起きたことを書くはずだった。当初は「リマから六時間」だったと思う。より辺境に村は配置された。

第三回は「あたし」。マレーシアの首都クアラルンプールを豪雨が襲った一日、敬虔なイスラム教徒の家に育った少女シティは迷子になり、決して立ち入ってはいけない地域に足を踏み入れてしまう。

このように紹介されてゆく世界の短編の間に、必ず編者として私の解説がつく。この地球上から『存在しない小説』を見つけ出すことの意味とは何か。そもそも〝小説が存在しない〟とはどういう考え方なのか。

書く悦びの中に飛び込んでいった私は、小説の実質的な作業での困難に結局何度も苦しめられたし、解説の難しさにも頭を悩ませた。自分がどうして『存在しない小説』をこの世にもたらしているか、連載途中でも説明がつかなかったが、むしろ私は風呂敷をどんどん広げた。

最終回で絶対にどうにかなる。

この〝根拠のない自信〟がなぜ自分を支えていたかについても、明確な答えはない。ただ同じような賭けを私はかつて『豊かに実る灰』という短編連作でしたことがあった。Tというタロット占い師(『想像ラジオ』の中に出てくる自称霊能者「チコ」のモデルでもある)と組んで、彼女が世界の未来をカードで占い、そこから出て来たキーワードだけをもとにして私は世界中を舞台にした小説を書いたのだった。連載に合わせて数回に分けられた占い作業の、その最後の結果は予想がつかなかった。にもかかわらず、私は短編の中に通しで出てくる男女を設定し、「最終回で絶対にどうにかなる」と考えたのだった。

今は長く行方不明になっているTは、若かった頃の中上健次とも交流のある人物で、文学にもくわしかった。

彼女はかつて私にこう言った。

「苦悩する文学は中上さんで終わったのよ。あの人が全部背負っていってしまわれました」

『存在しない小説』は、この言葉に返答したかった私によって書かれたのでもある。

(いとう・せいこう 作家・クリエイター)

 
◆内容紹介
フィラデルフィア、ペルー辺境の村、クアラルンプール、東京、香港、クロアチアの浜辺……世界各地からメールで送られてきた、未知の短編小説。編者・いとうせいこうは、次第にその小説世界に巻き込まれていく――。はたして「作者」は誰なのか? 物語の魅力とスリリングな仕掛けに満ちた、新しい世界文学の誕生! 「ポスト3・11の文学」として大きな反響を集めた『想像ラジオ』に続く、いとうせいこう待望の最新作。
 
いとうせいこう
1961年東京都生まれ。作家、クリエイター。早稲田大学法学部卒業後、出版社の編集を経て音楽、舞台、テレビなど様々な分野で活躍。1988年、小説『ノーライフキング』で作家デビュー。1999年、『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞受賞。2013年、『想像ラジオ』が第26回三島由紀夫賞および第149回芥川龍之介賞の候補となり、第35回野間文芸新人賞を受賞。他の著書に『ワールズ・エンド・ガーデン』、『解体屋外伝』、『ゴドーは待たれながら』(戯曲)、『文芸漫談』(奥泉光との共著、文庫化にあたり『小説の聖典』と改題)、『Back 2 Back』(佐々木中との共著)などがある。