プロ野球特別読み物 小笠原道大よ、谷佳知よ、最初から分かっていたはず 巨人にFAで入っても幸せにはなれないのだよ カネに転んで「故郷」を捨てた男たちの末路

週刊現代 プロフィール

「開幕は一軍にいたんですが、打ち込まれてファームに落ちた。ファームでは結果を出していたんですけど、チャンスはもうなかったですね。『下り坂の前田より、若手を起用したほうがいい』と判断したんだと思います。腐ることはありませんでしたが、巨人に居場所はないなと感じました」

外様でありながら巨人で生き残るのは、読売グループの「サラリーマン」になることができる選手だけだ。

'03年オフ、原辰徳が監督を辞任し、堀内恒夫が新監督となったときにナベツネこと渡邉恒雄オーナー(当時)が言った、「読売グループ内の人事異動だ」というコメント。これこそが、巨人という球団は読売グループの「一部署」にすぎないことを証明している。

「あの自由奔放に見えるミスターですら、読売の呪縛を永遠に背負って生きているんです。一昨年の清武騒動の際、ミスターが表立って清武氏を批判しましたが、あれはナベツネに依頼されたからですよ。ミスターはナベツネの頼みは断れない。長嶋さんはミスタープロ野球ではなく、ミスタージャイアンツなんです」(スポーツ紙元巨人担当デスク)

どうしてもサラリーマンにはなれなかった男がいる。'96年オフに西武からFA宣言をし、巨人入りした清原和博だ。

当時監督だったミスターの「僕の胸に飛び込んできてほしい」という言葉は、長年巨人入りを夢見ていた清原を感激させた。清原は他の選手同様、三顧の礼で迎えられたのだ。

しかし清原の調子に陰りが見え始めると、すぐにペタジーニを補強。打順も4番から徐々に降格させられていった。

「ナベツネからは、清原が故障のため二軍に落ちると、『これで勝ちの要因が増えた』と罵られた。さらに堀内さんも、監督を辞めてから『彼はチームプレーである野球を選んだこと自体が間違い』などとことあるごとに批判していた」(前出の元デスク)

'04年のファン感謝デーでは、堀内監督が挨拶しているあいだにファンから「清原コール」が起きた。

「そのとき、堀内さんは『監督が挨拶しているのにそういう失礼なことをする。これはもう巨人ファンとは呼べない』と激怒していました。この発言もまた、巨人の体質を象徴しています」(同・元デスク)

結局、清原は'06年にオリックスへ移籍。彼の心の内には堀内、ナベツネ、そして巨人への深い恨みが残った。