[格闘技]
近藤隆夫「ヒクソン・グレイシーインタビュー『本当はヒョードルと闘うはずだった』」

スポーツコミュニケーションズ

消えなかった右足の痛み

体つきだけを見ると、50代半ばとはとても思えなかった。

 待ち合わせたのが午後1時。それから夕方まで4時間以上、話をした。聞きたいことは山ほどあったから、それでも時間が足りず、翌日もサンタモニカのビーチで、また話をした。

「現在の生活」「視力を失いながら闘った船木戦」「高田延彦との再戦前、椎間板ヘルニアに悩まされたこと」「ウゴ・デュアルチとのビーチファイト」「ストリートファイトの数々」「安生洋二が道場破りに来た理由」「引退を決断した時の心境」「息子クロンについて」「尊敬する兄、ホーウス・グレイシーとの想い出」「現在の総合格闘技に対して」……などなど。とても有意義な時間だった。

 彼から聞いた話をひとつ紹介しておきたい。それは引退を決意した理由についてだ。

 彼は言った。「本当は最後に(エメリヤーエンコ・)ヒョードルと闘うはずだったんだ」と。

――それはいつのこと?
「2006年。テキサス州にいるプロモーターからで、彼は新たなMMA(総合格闘技)のイベントを起ち上げようとしていた。そこでヒョードルと闘わないかというオファーだった。ファイトマネーを含む条件も私を満足させるものだったし、試合までの準備期間も十分に保たれていた。このオファーを私は受けたかった。

 でもひとつ、不安があったんだ。それは右足に強い痛みを感じていたことだ。だが試合までには、まだ8カ月ある。ならば何とか治せるのではないかとも考えた。でも右足の痛みは、何らかの怪我によってもたらされたものではなく、長年の動きの積み重ねから来ているものだったから厄介な気がした。

 オファーを受けるべきかどうか迷ったよ。結局、私は、あの時、契約書にサインをしなかった。それによって試合ができなかったことは、とても残念だったが、いまでは、それで良かったと思っている。8カ月経った後も足の痛みは消えなかったんだ」