堀内恒夫×新浦壽夫×淡口憲治~アンチ巨人まで心配する負けっぷり子どもは悲しみ、大人は怒った

長嶋監督の就任1年目「1975年ジャイアンツ最下位」を語ろう
週刊現代 プロフィール

新浦 '75年は古葉竹識監督率いる広島が、球団創設26年目にして初優勝するんだけど、カープが優勝を決めた試合に先発登板したのが僕なんですよ。全盛期の山本浩二さんや衣笠祥雄さん擁する広島は本当に強かった。何とか5回まで1失点で踏ん張ったんだけど……。

堀内 結局負けてしまって、相手チームの胴上げを見る羽目になってしまった。長嶋さんはそれをじっとベンチで見つめていたけど、心底悔しかったと思うよ。

淡口 最下位になって、僕はがっかりしたというより、驚きの気持ちが強かったですね。本当かなって、現実感がなかった。

堀内 俺はもう自分がクビになると覚悟した。長嶋さんは残るだろうけど、後はみんな辞めるしかないと思った。実際、この年のオフにベテラン勢がごっそりいなくなったし。

 あのときのことを忘れないために俺や新浦たち'75年のピッチャー陣で「サイカイ」という集まりを作ったんだよな。

新浦 この会には「最下位」と「再会」の両方の意味が込められているんですよね。

堀内 いまでもたまに集まって、あの時は悔しかったなって泣いている(笑)。