堀内恒夫×新浦壽夫×淡口憲治~アンチ巨人まで心配する負けっぷり子どもは悲しみ、大人は怒った

長嶋監督の就任1年目「1975年ジャイアンツ最下位」を語ろう
週刊現代 プロフィール

新浦 僕は練習中の光景をよく覚えていますよ。外野でランニングしながら味方の打撃練習を見ていると、全然、こっちまで球が飛んで来ないんです。阪神の田淵幸一なんかはホームランゾーンにバンバン飛ばしているのに。あれを見て、「これじゃ勝てねえよ」と思っていた。

淡口 僕らのバッティングを見てそんなこと思ってたんですか(笑)。

新浦 やっぱり、王さん、長嶋さんというホームランバッターがいなかったのが痛い。ONというのは、ここで欲しいという場面でホームランを打って、試合の流れを変えてくれる。そういう選手がいなかった。

淡口 そんなチーム状態だから、長嶋さんも采配には相当、苦労されていましたね。当時は少しでも調子の良い人を出すために、練習内容を見たうえで先発選手を決めていたから、試合直前までスターティングメンバーが決まらない。

堀内 ピッチャーはある程度事前に決まっていたけど、野手は毎回メンバーを変えていたからな。

淡口 外野手の僕は出るのか出ないのか、はっきりしないまま練習していました。

 たまに長嶋監督から「おい、淡口来い」と言われてアメリカンノックと呼ばれるノックを受けるんです。これは取ったらすぐ別方向にノックがくるという、かなり体力的にきつい練習なので、唯一、それを受けた日は試合に出ないなというのが分かりました。

新浦 監督としては、緊張感を持たせたかったんだろうけど。

淡口 先発出場しても王さん以外は2打席続けて凡退すると代えられましたね。2打席のうちにヒットを打たないと3打席目はない。凄いプレッシャーでした。そういえば、ピッチャーの交代も早かったですね。

新浦 長嶋さんは初球をボールから入るのを嫌っていて、「なんでストライクを先行させないんだ」ってよく怒られた。ボールから入るとリズムが悪くなるって。それですぐピッチャーを代える。

堀内 投手出身の監督だと、なるべく長く投げさせたがるんだけど、野手出身監督はすぐに代える人が多いんだよね。長嶋さんも早め早めに交代させるんだけど、打たれちゃう。

 だから、長嶋さんの采配はコンピューターをもじって「カン(勘)ピューター」なんて揶揄されたけど、ピッチャーというのは早めに代えたほうが勝つ確率は高くなる。理屈としては正しかったんだよ。ただ当時は期待に応えられるピッチャーがいなかった。