ハード・ノンフィクションの巨匠、溝口敦著 『溶けていく暴力団』
第三章「飛んでる半グレ集団」全文公開!

見立容疑者は山口組系弘道会の岐阜の組織、野内組に「ゲソをつけている」。正確には野内組の諒解を得て月会費などを納めるが、月例会への出席や事務所当番などは免除され、なにか事が起きたとき、弘道会の名を出せる程度のつながりらしい。

これにより暴力団とトラブルになった際、暴力団の名前を出すことで暴力団の追い込みから免れられる。この場合、暴力団は半グレの「ケツ持ち」(後見人役)になるわけだが、たかだか月会費を払わせる程度で半グレを庇護していいのかという意識が暴力団側に芽生えている。

事実、見立容疑者と弘道会系野内組との関係が組内で問題になったともいう。弘道会事情に通じる名古屋のライターが解説する。

「見立容疑者のケツ持ちだったのは野内組のカシラ(若頭)だ。この男は一二年末、除籍になった。野内組が両者の関係を咎めて処分するなら、除籍でなく破門になるはず。カシラの除籍は別の理由かもしれない」

この野内組が見立容疑者や関東連合の危機にテコ入れする義理もないし、テコ入れすることによるメリットもない。だいたい両者はさほど強いつながりではなかった。

執拗なまでの暴力

さてフラワー事件の前提となる第一の事件は〇八年三月、東京・西新宿五丁目の路上で発生した集団暴行殺人事件である。

韓国食材会社の社員・金剛弘(事件時三二歳、通称は金村)が十数人の男たちに鉄パイプのようなもので殴られ、五日後、脳挫傷で死んだ。金は七五年の生まれで「新宿ジャックス」を結成した後、暴走族に所属し、関東連合の正式メンバーにはならなかったが、腕力の強さで関東連合の後見役まがいの位置に着いた。金は関東連合総長の見立容疑者とは特に親しかった。

産経新聞は金殺害事件の概要を次のように伝えている(「産経新聞」〇八年四月一一日付)。事件を要領よくまとめているので、以下、引用しておく。

〈東京都新宿区の路上で3月、渋谷区本町の会社員、金剛弘さん(32)が集団暴行を受け殺害された事件で、事件数日前に金さんが暴力団関係者を含むグループとトラブルになっていたことが10日、警視庁捜査1課の調べで分かった。犯行グループは金さんの帰宅を待ち伏せし、逃げる金さんを約300メートル追いかけて執拗(しつよう)に暴行していたことも判明。捜査1課は、金さんが意図的に狙われたと断定、トラブルとの関連や交友関係を調べている。
調べでは、金さんは3月16日未明、新宿区西新宿の路上で、複数の男に鉄パイプなどで襲われた。金さんは「ごめんなさい」と泣きながら命ごいしたが、男らは「殺せ殺せ」と言いながら暴行を続けた。悲鳴を聞いた住民の通報で警察官が駆け付けたが、男らは既に逃走。金さんは病院で21日に死亡した。
目撃証言から、男らは十数人で事件直前に金さんを自宅周辺で待ち伏せしていたことが判明。全員が目出し帽で顔を隠しており、捜査1課は顔見知りのグループとみて捜査を始めた。
金さんは父親が経営する韓国食品の輸入販売会社で働く一方、地元暴力団周辺者や不良グループともつながりがあり、別の不良グループと対立を繰り返していた。事件直前に都内の飲食店で対立グループとトラブルになっていたという〉

対立を深めていた

この事件の犯人たちは今もって未逮捕であり、事件は解明されていないが、一部に事件の首謀者としてK兄弟の名が挙がっている。K兄弟は八〇年前後、新宿、渋谷、世田谷あたりの不良を束ね、「ジャックス」に属していた。ジャックスOBの一人が殺された金であり、金はK兄弟の先輩格に当たっていた。しかし金が関東連合に近かったのに対し、K兄弟の弟は山口組系極心連合会(橋本弘文会長、本部は東大阪市)傘下の組に所属していた(その後、破門)。またK兄弟と行動を共にしていたTは同じく「ジャックス」OBで、山口組系秋良連合会(秋良東力会長、本部は大阪市浪速区)傘下の組員でもあった。

つまり金剛弘は関東連合に、対抗するK兄弟の弟とTは山口組系組織に加わることで、対立を深め、抗争に備えていた。

両者のグループは金が殺される二日前、たまたま広尾のちゃんこ鍋店で鉢合わせし、金がT系の秋良連合会傘下組員を殴打、一撃で倒す事件が起きた。

この喧嘩の次の日が見立真一容疑者の誕生日パーティーであり、これには金も参加した。日付が変わって次の日の午前四時ごろパーティーはお開きになり、金が自宅に辿り着く直前、前記の通り集団的な待ち伏せ攻撃に遭い、絶命したわけだ。