「意識は、そして科学は“幻想”なの?」大栗博司×池谷裕二、激論!

ブルーバックス創刊50年記念特別対談
大栗 博司, 池谷 裕二 プロフィール

大栗: それは実験に携わる人たちがずっと頑張ってきて、現象を隅から隅まで見落とさずにきたからということもあるでしょうが、やはり、自然界には基本法則があるということですね。基本的なことさえ押さえてあれば、理論は未熟でも、ある程度の範囲内で正しい答えが出せるということでしょう。

科学は「幻想」か

池谷: すると最初の疑問に戻ってしまうのですが、基本法則は本当にあるのでしょうか。「基本法則がある」とヒトの脳が認識しているだけではないでしょうか。そして理論とは、自然界の中でたまたま脳が理解しやすい部分に焦点を絞って、都合よく構築された虚構ではないでしょうか。

大栗: でも、基本法則は人間の脳の幻想などではなく、実際に自然界でそのとおりのことが起きているんですよ?

池谷: 私に言わせれば、ヒトにはそういうことが起きているように見えている、それだけのことなんですよ。

大栗: いやいや! ちょっとそれは納得できない!(場内に笑い起きる)

たしかに池谷さんがお書きになっているように、光が赤・緑・青の三原色からできているように見えるのは光がそういう構造になっているのではなく、人間が光を見るしくみがそうなっているからにすぎません。でも人間は、光の色が波長によって決まるということを科学の力でつきとめました。これは自然界で起きている事実であって、決して脳が描いた幻想などではありません。

池谷: でも、それが自然界で起きているということを、誰が保証するんですか?

大栗: それは再現性ではないですか? 何度試しても同じことが起きる、という。

池谷: でも再現するのは、あくまでもヒトの手によってですよね? 科学は、どこまでいっても結局は人為的な営みなんです。結局は、科学はヒトの脳の産物にすぎない以上、脳の思考癖という境界線を越えることはできません。もしも宇宙人がヒトの科学を見たら、ひどく非科学的なオカルトに映るかもしれない。

大栗: でも……うーん……たとえば僕らは自然を理解して、ある程度コントロールすることもできるわけですよね。外では雨が降っているのに、こうして建物の中で濡れずに快適な室温のもとで議論できるのも、この声がマイクで大きくなるのも、科学のおかげでしょう。これは僕らの幻想ではないのでは?

池谷: そこがいちばんの不思議なのです。私たちは脳が映写した幻想を生きているだけなのかもしれませんから(笑)。

〈了〉

大栗博司(おおぐり・ひろし)
1962年、岐阜県岐阜市生まれ。理学博士。東京大学理学部助手、プリンストン高等研究所研究員、シカゴ大学助教授、京都大学助教授、カリフォルニア大学バークレイ校教授などを経て、現在、カリフォルニア工科大学カブリ冠教授。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員、アスペン物理学センター理事でもある。著書に、『重力とは何か』、『強い力と弱い力』(ともに幻冬舎新書)など。市民講座などで科学アウトリーチにも努めている。
池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
1970年、静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。現在、東京大学大学院薬学系研究科准教授。脳研究者。海馬の研究を通じ、脳の健康や老化について探求をつづける。日本薬理学会学術奨励賞、日本神経科学学会奨励賞、日本薬学会奨励賞、文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞などを受賞。主な著書に『記憶力を強くする』『進化しすぎた脳』(ともに講談社ブルーバックス)、『脳はなにかと言い訳する』(新潮文庫)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)などがある。

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