「意識は、そして科学は“幻想”なの?」大栗博司×池谷裕二、激論!

ブルーバックス創刊50年記念特別対談
大栗 博司, 池谷 裕二 プロフィール

大栗: 僕は物理学者として、世の中のすべての現象は因果律に従っていて、前に起きたことによって決まるという決定論を支持していますので、自由意志が入り込む余地はないと考えています。ただ、こういう問題はそもそも、自由とは何なのか、定義がちゃんとなされていないというきらいはありますけどね。池谷さんの本でも、自由意志はないとされていますが、脳が決めたことを否定する自由はあると書かれていて、そのあたりは躊躇されているような印象を受けたのですが。

池谷: 自分自身でもまだ納得できていないことがある、ということですね。その一方で、脳の活動なんて、顕微鏡でのぞいたら、ただの分子の化学反応ですから、とても自由意志があるようには思えません。

大栗: 物理学の立場から言えば、自然界の基本法則とは別のメカニズムで自由意志が起きているとすれば、それは非常に神秘的なものになってしまいます。そうではなく、基本法則に則った自由意志があるとするなら、ではその自由とはいったい何なのか。いずれにしてもきちんとした定義が必要な議論ですね。

意識は「幻想」か

青野: きょうはお二人の著書にそれぞれメッセージが入った特別版を来場者にお渡ししていますが、大栗さんのメッセージは「空間は幻想だ 意識も幻想か」というものでした。私はお二人の本を読んで「空間」と「意識」は「創発現象」という意味で共通しているようにも思ったのですが、いかがでしょうか。

大栗: 僕が「空間は幻想」と言ったのは、空間とはより基本的なものから現れてくる二次的な概念にすぎない、という意味です。超弦理論では僕らがいる空間は九次元であると考えるのですが、この考えを進めていくと、九次元の空間が、ある定数を変えるだけで一〇次元になったり、また九次元に戻ったりする。あるいは、三次元空間の現象が二次元空間の情報だけですべて説明できてしまうということが起きる。すると、いったい次元とは、空間とは何なのかということになるわけです。

たとえば僕たちは「温度」というものは物質の基本的な性質の一つと思いがちですが、実は分子の運動状態という、より基本的なものから立ち現れる幻想にすぎない。空間もこれと同じであるという意味です。そして僕は池谷さんの本を読んで、意識というものも幻想なのではないかと思ったんです。

池谷: さきほども話したように、脳の分子の運動にすぎないという意味では、意識も幻想と言えるのかもしれません。ただ、私が幻想という言葉から考えてしまうのは、何をもってそう呼ぶのかということなんです。青野さんがおっしゃった創発とは、ある特定のルールがあったときに、そこから思いもしない不思議な現象が自己組織的に生まれてくることですよね。でも、このとき「不思議だ」と感じているのは、あくまで人間なのです。分子そのものは、不思議とも何とも思わずにただ動いて、せっせと情報を処理しているにすぎない。

それと同じようなもので、私たちは「意識は幻想だ」と思うけど、では幻想って何だ、幻想ではない本物っていったい何だ、という話になってくる。たとえば本物の心って何だ? ということを考えはじめると、幻想と本物との境界すらも曖昧になってしまうように思えてくるのです。

 
◆内容紹介
「心」はいかにして生み出されるのか?
 
最先端の脳科学を読み解くスリリングな講義。ベストセラー『進化しすぎた脳』の著者が、母校で行った連続講義。私たちがふだん抱く「心」のイメージが最新の研究によって次々と覆されていく―。「一番思い入れがあって、一番好きな本」と著者自らが語る知的興奮に満ちた一冊。

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