二宮清純「前田智徳、恩師は故郷にありて」

二宮 清純 プロフィール

「足がとりかえられるもんなら……」

 1995年5月、神宮球場で右足アキレス腱を断裂したその年、前田選手は故郷に田爪さんを訪ねました。慰めの言葉を口にした田爪さんに、前田選手は、こう返したそうです。
「先生、足が取りかえられるもんなら、取りかえたいんじゃ……」
 これまで一度も弱音を吐いたことのない教え子の悲痛な叫びを聞き、田爪さんは言葉に詰まったそうです。

 前田選手が恩師に引退を告げたのは、発表の数日前のことでした。
「私の携帯電話にメールが入ったんです。“先生のご指導で、いろいろな苦労を乗り越えることができました”というお礼に加えて、“最後まで、これでもかというくらいの試練を頂きました”という一文が入っていました。きっと引退を早めたデッドボールのことを指しているんでしょう。“それでも野球には感謝してる”と。求道者のような文面でした」

 田爪さんの熊本の家には前田選手が高校時代から寝泊まりしていた和室が今でもあります。
「いつでも泊まりに来いよと言うてるんですけど、今度はいつになるでしょう」
 田爪さんは温厚な声で、そう話していました。