『黒田官兵衛―作られた軍師像』著:渡邊大門
ハダカの官兵衛

一方で重要なのは、この伝説のなかで「幕府に逆らうなよ」ということもしきりに語っているのだ。「黒田家はスゴイのだけど、幕府だけには逆らうなよ」というのは、何とも奇妙である。それどころか、「黒田家に何かあったら、これまでの貢献度を幕府にアピールするように」というのも何となく寂しい。案外、官兵衛は「黒田家の身の丈」というものを正確に把握していたのかもしれない。そういう意味でも、官兵衛はじつに優秀だったのであろう。

以上のことを官兵衛は長政に託し、長政は遺言として残したと想像される。黒田家存続を願い、自らの手柄と実力を誇りながらも、「こんなに幕府に貢献したんだぞ」とアピールするアリバイ工作は、優秀な官兵衛だからこそできたことではなかろうか。

こうしてできあがったのが、「偉大なるナンバー2官兵衛」像である。本当は優秀で大変できるのであるが、あえて本気を出さず(あるいは出し損ねて)、その座に止まったというイメージだろうか。しかも幕府が今あるのは、黒田家のおかげと言い添えるのも、何とも心憎い。その控えめな態度が後世に伝わって、顕彰されたということになろう。この姿が等身大の官兵衛=「ハダカの官兵衛」だというのが、このたび、筆者三冊目の講談社現代新書『黒田官兵衛―作られた軍師像』を書き上げての、正直な感想である。

私は、あまり信長や秀吉が好きではない。できれば部下として仕えたくないというのが本音である。仮に仕えたら、三日も経たないうちに打ち首になるであろう。では官兵衛はどうかといわれれば、やはり答えはノーである。「自分は優秀だよ。でも本気出していないからね」という態度をほのめかしながら、別に上層部を批判するわけでもない。

そんな官兵衛の人となりにシンパシーを感じながらも、いや、シンパシーを感じるからこそ、逆に「好き」とは言いたくないのかもしれないが・・・・・・。

ここまで記したのは、良質な史料に基づかない私の妄想である。もし、あの世で官兵衛に会ったら、大いに叱責され、私は平謝りに謝らないといけないだろう。そのことを考えると今から頭が痛い。あの世で研究対象である官兵衛のような歴史上の人物ではなく、できれば美女と毎晩酒を酌み交わしたいものである。

(わたなべ・だいもん 歴史学者)

 
◆内容紹介
類稀なる交渉術を駆使し、中国計略から北条氏討伐の小田原合戦に至るまで豊臣秀吉の天下統一の大事業を扶けた稀代の智将。「備中高松城水攻め」「中国大返し」の真実とは?本当に天下獲りを目指したのか?信頼できる史料のみをもとに、その出自から「名軍師」「二流の人」などに至るまで後世に創作された様々な俗説を徹底検証し、巷間に流布された従来の軍師像を超えて、自らの才覚のみで道を切り開いた新しいタイプの武将として新たな黒田官兵衛像を描く。
 
渡邊大門(わたなべ・だいもん)
1967年生まれ。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専攻は日本中世政治史。大阪観光大学観光学研究所客員研究員。歴史研究家。主な著書に『秀吉の出自と出世伝説』(洋泉社・歴史新書y)、『信長政権』(河出ブックス)、『戦国誕生』『奪われた「三種の神器」』(ともに講談社現代新書)などがある。
 

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