混迷するライム病論争

 たとえば、ライム病団体の一つである「ライム・アクション・ネットワーク」は、 『ライムかもしれない』と題するパンフレットを作り、「頭痛、関節 痛、肩こり、胸部痛、膀胱炎、皮膚の過敏、発熱、体重の減少、発汗、悪寒、疲労感、視野のぼやけ、心音に雑音が混じる、睡眠障害、集中力の低下、頭がふら ふらする、気分が激しく変化する…… 」といった症状を挙げて、「こうした症状を抱えたあなたは、ライム病かもしれません」と呼びかけています。ライム病 団体は、こうした症状を示す慢性化したライム病、「慢性ライム病」というものが存在すると主張しているのです(それに対して、ガイドライン派は、慢性ライ ム病というものの存在を認めません)。

 このようなパンフレットや、ライム病の恐ろしさを訴えるドキュメンタリー番組(タイトルは「私たちの皮膚の下で……語られない物語」)を見たりすれ ば、自分の不調はライム病かもしれないと思い、「あなたはライム病です」と言ってくれるライム通の医者に巡り会うまで、医者から医者へと渡り歩く病院ジプ シーが出てくるのも不思議はないでしょう。

 そうはいっても、病原体を検出すれば、少なくとも診断はつくのでは? と思うかもしません。ところが、それがあまりうまくいっていないのです。

 まず、血液検査で抗体反応から診断するには数週間以上かかり、それだけ時間をかけても結果は不安定らしいのです(感染していない人が陽性になること も、その逆もある)。PCRで病原菌のDNA断片をダイレクトに捕まえる方法もありますが、この方法は汚染に弱いことで知られています。つまり、感染して いない人が陽性と出てしまうわけです。

 ライム病は命に関わる病気ではありませんが、ライム病の抗生物質治療はそうではありません。抗生物質投与により凝血が起こり、亡くなった人もいるの です。したがって、感染してもいない人が陽性と判断され、抗生物質をガンガン投与されるという事態は避けたいところです。その観点からすれば、三週間以上 抗生物質による治療はしない、というガイドラインにも一理あると思えます。

 それに加えて、抗生物質が本当に効くのか、というところからして問題です。研究者のあいだでは、抗生物質で当面の症状を抑えることができたとして も、それで治ることは稀だという見方が広がっています。というのは、スピロヘータは血中に長く滞在するわけではなく、軟骨付近やその他、抗生物質が届きに くいところに潜り込んでやり過ごすらしいのです。

 実際、治療が済んだ(したがってスピロヘータはいないはずの)感染者に、無菌で育てて病原菌を持たないはずのマダニを吸血させると、マダニがライム 病スピロヘータのキャリアになってしまう(つまりは、治療後の感染者がキャリアであった)ケースがあることも確かめられています。

 要するに、診断法も不安定なら、病原体の体内での振る舞いもわからず、治療法もわからないというわけです。さらに言えば、マダニが媒介する病気はラ イム病だけではありません。最近では、アメリカでもライム病とバベシア症と同時感染しているケースが多いことがわかってきたようです。また、本稿の元のと ころで紹介したように、はるかに危険性の高いマダニ媒介感染症もあります。研究者の中には、ライム病にばかり目を向けていていいのか?と声をあげる人もい ます。

 

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