[サッカー]
田崎健太「里内猛が描く日本の未来図Vol.11」

~ジーコ、オシム、関塚を支えたフィジコ~
スポーツコミュニケーションズ

西アジアの戦いが焦点だった五輪予選

 ロンドン五輪のアジア予選には35チームが参加した。北京五輪の予選の成績上位13チームは1次予選を免除される。北京五輪に出場している日本はこの中に含まれた。2次予選は、1次予選を勝ち抜いた11チーム、1次予選免除の13チームの計24チームを2チームずつ12組に分けて、ホーム・アンド・アウェーで対戦し、勝者が最終予選に進出する仕組みだった。

 11年6月、2次予選が始まった。日本はクウェートと対戦し、ホームでの第1戦を3対1で勝利、アウェーでの第2戦は1対2で敗れたものの、合計得点が4対3で上回った。

 最終予選は12チームを4チームずつ3組に分け、ホーム・アンド・アウェー方式で各組1位のチームが出場権を獲得。各組2位のチームがアジア地区プレーオフに回る。日本は、シリア、バーレーン、マレーシアと「グループC」に入った。このグループを分析すると、日本が頭一つ抜けており、1次予選から勝ち抜いてきたマレーシアが最も力が落ちる。日本としてはシリア、バーレーンという西アジアの国といかに戦うかがポイントだった。

 9月21日、日本代表は佐賀県にある鳥栖スタジアムでマレーシアと初戦を戦い、2対0で勝利した。続く11月22日にアウェーでバーレーン、27日にシリアとホームで対戦。この2試合が最終予選の前半での山場だった。日本代表は11月17日に大阪で集合、同日夜の飛行機でカタールに向かった。時差調節、気候への順応のため、近隣国であるカタールで2日間トレーニングを行い、試合直前にバーレーンの首都マナマに入った。

 関塚監督以下、スタッフ共通の考え方として「アウェー・ゲームでは、長期間、対戦相手の国には滞在しない」ということで一致していた。食事面や現地での練習環境でストレスを受けることが多いからだ。実際、バーレーン戦では大津祐樹と東慶悟の得点により2対0で勝利し、試合終了直後にスタジアムから空港へと移動して、数時間後には日本へと向かっていた。

 羽田空港に着くとすぐにあらかじめ手配してあった都内の練習場でリカバリー・トレーニングを実施した。というのも、日本とバーレーンの時差は6時間ある。次の対戦相手シリアよりも先に日本に着いて、時差調整しなければならなかったからだ。シリアは22日にマレーシアとクアラルンプールで試合を行い、時差的にはダメージが少ない状況で日本に入ってくる。関塚ジャパンもなるべく早く日本に戻って、準備することがポイントだった。

 こうした用意周到な計画を遂行し、27日、日本代表は濱田水輝、大津が得点を決めて、シリアを2対1で下した。3試合を終えて、全勝。日本代表は最高の滑り出しだった。

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