長谷川幸洋「朝日新聞・大鹿靖明記者に聞く 『新聞ジャーナリズムに希望の光は見いだせるのか』」

いま新聞の現場にいる記者は、どんな気持ちで仕事をしているのか。何が問題と考え、どこに希望の光を見出しているのか。朝日新聞で活躍している大鹿靖明記者に

インタビューした。

大鹿を選んだのは、彼は新聞以外に雑誌の経験もあり、本も書いている(最新刊は講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第1原発事故』、講談社、2012年)。テレビ出演の経験もある。幅広い仕事で評価を得ていて、組織に属するジャーナリストでありながら、新聞について実名で自分の思いを語れる数少ない記者と思ったからだ。


予想どおり、大鹿は率直に自分の仕事と新聞について語ってくれた。一問一答を紹介しながら、新聞について考えてみる。

他の記者がおかしいと思っても書かないことを書く

――大鹿さんは朝日新聞、雑誌の『アエラ』、本、それに最近は朝日のWEB媒体でも活躍されていますが、朝日新聞は記者に自由に媒体を選ばせてくれるんですか。

「昨年4月に9年半在籍した『アエラ』から新聞の経済部に異動になったんですが、この1月から意識的に自分の仕事を増やそうと思っているんです。新聞は連載の企画記事(「限界にっぽん」)の取材班に属しているのですが、なかなか登板する機会がないうえ、たまに登板して200行くらい書いてみても、やはり書き足りないこともある」

「朝日新聞は比較的、自由で、たとえば船橋洋一さんとか山田厚史さんとか、私の大先輩たちもかつて雑誌やテレビなど幅広く仕事をしていました。いまでも記者は上司を通じて、たとえば『アエラに書きたい』と希望すれば、基本的に書くことができます。他社の媒体でも、会社の許可を受ければ書くことは可能です」

――大鹿さんにとって「仕事へのインセンティブ」はなんですか。

「1988年に入社して青森支局でサツ回りを始めたとき『こんな面白い仕事があるのか』『3日やったらやめられない』って思いましたね。でも、長じて『自分の背中を支えるのは何か』と考えると、それは口はばったいけど、やはり大義とか正義とか『この不正は見逃せないぞ』という思いですね」

「だけど、その思いと実際の仕事がトンチンカンではしょうがない。やり切るだけの力量があって、初めて可能になるのだと思います。具体的に言えば、私は2006年にライブドア事件をアエラ記者として取材しました。私は検察に事情聴取された関係者に聴取の後、直接会って供述内容を聞いて回ったのです。すると検察の捜査がいかにデタラメかがよくわかりました」

「つまり、初めに自分たちが作ったシナリオに沿った証言や証拠を集めて事件を作っていく。裁判所もベルトコンベアに乗ったように裁判をする。社会部記者は内心『おかしい』と思っていても、声を上げない。『これはおかしい』とはっきり言ったほうがいい、と思いました」

「私は社会部記者ではないから、検察を中心に取材したわけではありませんが、それでも検事を夜回りしたこともあります。夜回りしてみると、検事たちは他の社会部記者がいるところでは堂々としているんですが、私が1人で関係者の供述を基に話を聞くと突然、ビビりだしたり、中には猛然と怒り出す人もいた。『なんだ、これは』と思いましたね」

「そこで、私は『他の記者がおかしいと思っていても書かないことを書く』『そこに私のマーケットがある』と気付いたのです。未開拓の市場です。私は経済部で民間企業を取材する、いわゆるビジネス記者なんです。社会部記者でなかったことが幸いしたのかもしれません」

――その経験を本にしようと思ったわけですね。

「あのときはアエラに毎週書いていましたけど、その後、取材すると『実は真相はこうだったんだ』という話がたくさんありました。それを当時の上司に話すと『それは本に書け』というアドバイスをいただいた」

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