天然ガスの世界市場が形成されない背景

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文/ 野神隆之(JOGMEC 石油調査部上席エコノミスト)

シェール革命で世界がどのように変化したかを語る前に、世界の石油と天然ガス市場の特徴について、互いの違いに触れつつ説明するのは有意義であろう。

まず、石油については、多少の課題もなしとしないものの、一応世界市場が形成されている。これは、石油が基本的には常圧常温下で液体であり、それほど特殊な装置を必要としない港湾でタンカーに積み込んで、またそれほど特殊な装置を必要としない港湾で陸揚げ出来ることから、比較的容易に世界中に輸送できるという背景があるからである。

このため、米国の原油価格と欧州及び中東の原油価格は緩やかながらも連動しており、またそれが日本の輸入原油価格、ひいては国内のガソリン小売価格にも影響を及ぼしている。そして、世界の石油の60%近くが輸送部門で消費され、反対に輸送部門のエネルギー消費の93%は石油である。

他方、天然ガスについては、石油に比べて環境面では優れている(例えば二酸化炭素排出量は石油に比べて約4分の3、窒素酸化物は石油に比べて約半分、硫黄酸化物はほぼゼロとされる)が、常圧常温で気体であることから、輸送が問題となる。

陸上でも海上でも短距離の輸送であればパイプラインで大丈夫であるが、例えば米国から欧州までの長距離をパイプラインで結んで輸送するのは現実的ではない。海底の水圧に耐えるだけの強固なパイプに加え、一定距離毎に輸送圧を維持するためのポンプ基地が多数必要となるためだ。

また、石油のように天然ガスをそのまま(つまり気体のまま)タンカーに封入して輸送するのも効率が悪い。距離の離れた大陸間において天然ガスを輸送する場合には、マイナス162度以下まで冷却することにより液体化、つまり液化天然ガス(LNG)に転換し、体積を600分の1にまで圧縮して、その上で断熱効果のある特殊なタンカーに充填して輸送する、という手間が必要になる。

ただ、その場合、出荷地点で天然ガスを液化する施設が必要になる他、消費地点ではLNGを再ガス化する施設が必要になる。そして通常、もちろん規模にもよるが、この天然ガス液化施設の建設費が数千億円~数兆円、LNG用タンカーが200~300億円、LNG再ガス化施設が1,000億円超と、莫大な費用が発生することになる。

このようなことから、現在に至るまで世界でのLNG輸送網が十分に整備されているとは言い難い。占有率が上昇してきたとはいえ、国内分を含めれば、世界の天然ガス輸送の約90%はパイプラインによるものであり、LNGによるそれは約10%程度と極めて限定的な地位しか占めていない。大陸間の天然ガス貿易が石油のように活発化していない背景には、上記のような要因がある。

天然ガスの消費と取引形態

天然ガスの消費について見てみると、これは国によってもかなりのばらつきがあるが、世界全体としては発電と産業(原料としての用途を含む)の両部門で全体の約90%を占める一方で、輸送部門の占める割合は数%であるなど、石油部門のそれとは大きく異なる。

また、石油の場合、長期契約と言えば通常1年間ということになるが、天然ガスの長期契約は20年間が主流である。これは、パイプライン(これも敷設費用は数千億円から数兆円を要する)や天然ガス液化・気化関連施設といったインフラ投資が多大な額に上るため、それを回収するために長期間安定した収入が必要になる、という理由による。

このようなこともあり、天然ガスの取引形態は石油に比べて総じて硬直的である。

例えば北米や英国の域内や国内では、天然ガスの需給に基づき価格が決定される(但し英国は欧州大陸と双方向のパイプラインで接続されているので、欧州の需給や価格の影響を受ける)ものの、欧州大陸では石油製品価格に連動した価格決定方式が相当程度適用されている。また、日本をはじめとするアジア・太平洋諸国では原油価格に連動して天然ガス価格が決定されている。このように、石油と違って異なる価格体系が複数存在する。

さらに、米国では消費される天然ガスの殆どすべて、欧州でも80%強が、パイプラインにより輸送されるが、日本で消費される天然ガスは殆どがLNGで輸入されている。

このようなことから、実は、天然ガスについては石油のように世界市場が形成されているわけではなく、北米、欧州、極東といった個別の地域市場が存在しており、互いの連携に乏しいというのが現状である。将来的に世界市場が形成される可能性はあるものの、それまでにはかなり長い期間を要すると言わざるを得ないのである。

野神隆之 (のがみ・たかゆき)
独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)石油調査部上席エコノミスト。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。米国ペンシルバニア大学大学院修士課 程およびフランス国立石油研究所付属大学院(ENSPM)修士課程修了。通商産業省(現・経済産業省)資源エネルギー庁長官官房国際資源課(現・国際 課)、国際エネルギー機関(IEA)石油産業市場課等に勤務の後、石油公団企画調査部調査第一課長を経て、2004年より現職
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