『歌舞伎 家と血と藝』著:中川右介
巨大ファミリーの系図

以上のように、家と血と藝で中心に位置する家もあれば、周縁、傍流、異端に位置する家もある。中心だけでは世の中は成り立たないのは歌舞伎の世界も同じだ。

地理的に「周縁」となってしまった関西を拠点としていたのが片岡仁左衛門家だ。徳川時代は関西の芝居も隆盛だったが、明治以降は東京が中心となった。昭和の戦後になると関西歌舞伎は存亡の危機に瀕し、関西の役者は周縁に位置するようになってしまった。 

徳川時代は由緒ある家だったのに「傍流」になってしまったのが、守田勘彌家、市村羽左衛門家、中村勘三郎家である。「家」としては三家とも存続しているが、血統はとっくに切れている。そして二〇一三年現在、この三つの名の役者はいない。守田勘彌家はもうひとつの名、坂東三津五郎として復権しつつある。

劇界の権力闘争で勝利したのが中村歌右衛門家だった。しかし、この家の権力は脆かった。

歌舞伎の特徴である、世襲、門閥、名家・名門、徒弟制度は、過去の因襲がはびこる世界のようで、民主主義の世の中にはふさわしくない、しかし、そうしたネガティヴなイメージこそが、歌舞伎の真の面白さの源ではないかという思いでいる。

もちろん、日々の公演で、舞台の上で繰り広げられる、歴史劇、人情劇、男女の情愛のドラマも面白いのは、言うまでもない。舞台あっての舞台裏だ。

(なかがわ・ゆうすけ 編集者・評論家)

 
◆内容紹介
「二〇一三年四月二日、歌舞伎座新開場柿葺落の初日に出かけた。この日、いちばん盛り上がったのは、人間国宝や藝術院会員たちの重厚な演技ではなく、中村勘九郎の息子・七緒八が花道を歩いて出てきた時だった。セリフを言うわけでもなければ見得を切るわけでもない。ただ歩いて出てきただけだ。・・・・・・それなのに、「中村屋」との掛け声と万雷の拍手――こういう光景は歌舞伎ならではのものだろう。こういう世界は、たしかに入りにくい。だが、入ってしまえば、ひとりの幼児の背後にいる何世代にもわたる歴史が見えて、それだけで面白い。」(あとがきより)
 
中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。「クラシックジャーナル」編集長、出版社「アルファベータ」代表取締役。クラシック音楽への造詣の深さはもとより、歌舞伎、映画、歌謡曲などにも精通。膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、歴史に新しい光を当てる執筆スタイルで人気を博す。主な著書に『カラヤンとフルトヴェングラー』『十一代目團十郎と六代目歌右衛門』『坂東玉三郎』(いずれも幻冬舎新書)、『歌舞伎座誕生』『山口百恵』(ともに朝日文庫)、『悲劇の名門團十郎十二代』(文春新書)などがある。