『歌舞伎 家と血と藝』著:中川右介
巨大ファミリーの系図

明治以前の役者の多くは、弟子のなかで優秀な者に自分の名を襲名させ、家と藝を継がせていった。血統が九代も続いた市川團十郎家は例外中の例外と言っていいが、この家も、女系が入ったり、庶子がいたり、必ずしも男系の男子の直系ではない。

今の歌舞伎界が実子による世襲がほとんどなのは、明治以降、ほとんどの役者に男子が生まれたという偶然による。たまたま、うまくいっているだけなのだ。

その一方、六代目中村歌右衛門や五代目坂東玉三郎のように、父とは血のつながりがないのに、藝を仕込まれ、その時代のトップになった例もある。血だけでもないのだ。

しかし歌右衛門にしろ玉三郎にしろ、血のつながりはないが、名家の養子になったからこそ、その地位にたどり着いたとも言える。門閥は絶対なのだ。

ともかく、現在の歌舞伎界は七つの家が中心となって動いている。この七家は並列ではない。単純な上下関係でもないし、その関係は流動的でもある。

それでも、この巨大ファミリーの中心に位置するのは、「家」としては常に市川團十郎家である。「市川宗家」という言葉があるように、歌舞伎界はこの市川團十郎家を頂点として組織されている。初代團十郎は一六六〇年(萬治三年)生まれなので、この家は三百五十年以上の歴史を持ち、初代團十郎が生み出した「荒事」という家の藝を守り、発展させている。そして明治において九代目という名優が登場し、歌舞伎を新時代に適応させることに成功し、この家の権威も守られた。

血縁においても今年二月に亡くなった團十郎は多くの役者たちと親戚関係にある。さらに、市川姓の役者はみな代々の市川團十郎の門弟を父祖としている。市川家は、巨大ファミリーの中の本流―自民党戦国史的にいうと「保守本流」である。

松本幸四郎家は、市川宗家と密接な関係にある。歴代の十二人の團十郎のうち三人は「幸四郎の子」なのだ。

「血」としての最大派閥が、中村歌六を父祖とする一族だ。吉右衛門家(播磨屋)、時蔵家(萬屋)、勘三郎家(中村屋)と別れているが、元は同じで、大人数を擁している。さらに吉右衛門家と市川宗家・松本幸四郎家とは親戚関係にあり、勘三郎家は尾上菊五郎家と中村歌右衛門家とも親戚関係にある。

「藝」の中心は尾上菊五郎家である。一九四九年に亡くなった六代目菊五郎こそが、現在上演される歌舞伎の「型」(演技、演出)を築き、次世代へ伝えた人だ。六代目は父である五代目菊五郎の血を継ぐと共に、歌舞伎における藝の師は九代目團十郎で、明治の歌舞伎、すなわち近代歌舞伎の開祖である二人の名優の藝を受け継いだ。その「藝」が現在の幹部たちの父の世代へ伝わり、その子や孫に伝承されている。