2013.08.30

脳には「幽体離脱」用の回路があった! 池谷裕二先生連続講義

『単純な脳、複雑な「私」』最終回
池谷 裕二 プロフィール

 いずれにしても、幽体離脱の神経回路がヒトの脳に備わっていることは、実験的にも確かだ。そして僕は、この幽体離脱の能力も、「前適応」の例じゃないかと思っているの。

 だって、動物たちが他者の視点で自分を省るなどということはたぶんしないでしょ。おそらく動物たちは、この回路を「他者のモニター」に使っていたのではないだろうか。

 たとえば、視野の中に何か動く物体が見えたら、それが動物であるかどうか、そして、それが自分に対して好意を持っているのか、あるいは食欲の対象として見ているのかを判断することは重要だよね。現に、野生動物たちはこうした判断を行いながら生き延びている。だから動物に「他者の存在」や「他者の意図」をモニターする脳回路が組み込まれていることは間違いない。

 他者を見る能力は、高等な霊長類になると、行動の模倣、つまり「マネ」をするという能力に進化する。ニホンザルはあまりマネをしないんだけれども、オランウータンはマネをする動物として知られている。

 たとえば動物園にいるオランウータンなんか、自分で檻のカギを開けて出ていく。並んでいるカギの中から、いつも飼育員が使っているカギを探し当てて、自分で開けて脱出できる。つまり、飼育員を見ていて、そのマネするわけだ。野生のオランウータンだと、現地人のカヌーを漕いで川を渡ったという記録もある。

他人の眼差しを内面化できるのが人間

 模倣の能力がある動物は、環境への適応能力が高いし、社会を形成できる。しかし、マネをするという行為はかなり高等な能力だ。他人のやっていることをただ眺めるだけではダメで、その行動を理解して、さらに自分の行動へと転写する必要がある。鏡に映すように自分の体で実現する能力がないとマネはできないよね。

 ヒトの場合はさらに、マネだけでなく、自分を他人の視点に置き換えて自分を眺めることができる。まあ、サルでも鏡に映った自分の姿を「自分」だと認識できるから、自分を客観視できてはいるんだろうけど、でも、ヒトは鏡を用いなくても自分の視点を体外に置くことができる。

 そして、その能力を「自己修正」に使っている。他人から見たら私の欠点ってこういうところだなとか、クラスメイトに比べて自分が苦手とする科目はこれだなとか、そんなふうに一歩引いてものを眺める。そういう自分に自分を重ねる「心」の階層化は、長い進化の過程で脳回路に刻まれた他者モニター能力の転用だろう。

〈了〉

著者 池谷裕二(いけがや・ゆうじ)
1970年、静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。現在、東京大学大学院薬学系研究科准教授。脳研究者。海馬の研究を通じ、脳の健康や老化について探求をつづけ る。日本薬理学会学術奨励賞、日本神経科学学会奨励賞、日本薬学会奨励賞、文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞な どを受賞。主な著書に『記憶力を強くする』『進化しすぎた脳』(ともに講談社ブルーバックス)、『脳はなにかと言い訳する』(新潮文庫)、『脳には妙なクセがある』(扶桑社)などがある。
『単純な脳、複雑な「私」』

池谷裕二=著

発行年月日:2013/09/05
ページ数:480
シリーズ通巻番号:B1830

定価(税込):1,260円
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