私たちは5秒で「ありもしないもの」を見る! 池谷裕二先生連続講義

『単純な脳、複雑な「私」』第1回
池谷 裕二 プロフィール

ありもしない色が見えてくる

 さてここで、中心の黒い+印を凝視してください。何か変化が起こりませんか。緑色の斑点がグルグルと回っているのが見えてきますね。ありもしない、緑色が。ということは、今、みなさんの脳の中の緑色に反応する緑ニューロンも活動したというわけです。ニューロンが活動しさえすれば、ないものだって見えちゃう。「存在」してしまうわけです。

 これで驚いてはいけません。もっとすごいことが起こりますよ。+印をずっと見続けてください。じっと、視線を固定して……。15秒くらい凝視を続けると何か起こりませんか。

(会場全体が動揺)

 ほら、驚くべき現象を目の当たりにしたでしょう。そうです。ピンク色の斑点が全部消えてしまって、緑色だけが回っている。できました? じっと我慢して、+印だけを見続けないと起こりませんよ。慣れないうちは30秒くらいかかってしまうかもしれませんが、慣れれば5秒程度で消えます。

 このとき、みなさんの脳に何が起こったかというと、もうわかりますね。ピンク色ニューロンが活動をやめてしまった。すると、目の前から消えて、見えなくなっちゃう。なかったことになってしまうのです。

 つまり、外界にピンク色が存在しているかどうか、あるいは、ピンク色が光波として網膜に届いているかどうかは、あまり重要なことではなくて、脳の中のピンク色担当のニューロンが活動するかどうかが、「存在」のあり方、存在するかどうかを決めているということになります。

 哲学では「存在とは何ぞや」と、大まじめに考えていますが、大脳生理学的に答えるのであれば、存在とは「存在を感知する脳回路が相応の活動をすること」と、手短に落とし込んでしまってよいと思います。つまり私は「事実(fact)」と「真実(truth)」は違うんだということが言いたいのです。

 脳の活動こそが事実、つまり、感覚世界のすべてであって、実際の世界である「真実」については、脳は知りえない、いや、脳にとっては知る必要さえなくて、「真実なんてどうでもいい」となるわけです。

 この考え方は「脳」を考えていくときに重要なポイントになりますので、忘れないでくださいね。

脳を記録すれば心は読める

 もっと話題を深めましょう。

「脳はウソをつかない」とは、ロンドン大学のボブ・ターナーという脳研究者の言葉です。つまり、脳の活動を覗けば、事実がわかるというわけです。たとえば、みなさんのピンク色ニューロンの活動を記録しておけば、そのニューロンが活動をやめたら、「あ、今、ピンク色は見えてないでしょう」と言い当てることができますよね。こんなふうに脳を覗かれると、すべてはバレバレ、私たちの心が読まれてしまう可能性があります。

 これを応用すると、ウソ発見器ができると思いませんか。現にチャレンジしている研究者がいます。実際にはすごく困難が伴うのですが、私が知る限りもっとも成功しているのは、マーク・ジョージらが率いる研究グループでしょうか。一昨年に発表された論文を持ってきました。