重力理論と量子力学を統合した先の衝撃!『大栗先生の超弦理論入門』

九次元世界にあった究極の理論
大栗 博司 プロフィール

 重力の働きによって空間や時間が伸び縮みすると主張したアインシュタインは、自然現象の枠組みとしての空間や時間の存在そのものまでは疑いませんでした。しかし、その後の物理学の発展により、その考え方に変更を迫られることになったのです。

 アインシュタインが重力の理論(一般相対性理論)を発表してから約一〇年後に、ミクロな世界の法則である量子力学が確立されます。すると、重力の理論と量子力学の間には深刻な矛盾があることがわかりました。それを克服して、両者を統合する理論を建設することが、現代物理学の大きな課題となりました。

 本書で解説していく超弦理論は、この課題を解決する理論として提案されたものです。この理論では、物質をつくっているのは粒子ではなく、なにか「ひも」のように拡がったものであると考えます。まだ実験によって検証されたわけではありませんが、物質についてこのような考え方をする超弦理論が、重力の理論と量子力学を矛盾なく統合できる唯一の理論として、また、素粒子について記述する究極の統一理論の最有力候補として、期待されているのです。

 物質についての理論である超弦理論は、それとともに空間や時間についての理論でもあります。超弦理論の研究から、空間の「次元」が変化してしまうという驚くべきプロセスが発見されました。三次元だと思っていた空間が四次元になったり、二次元になったりする現象がある。また、同じ現象でも見方によって、三次元で起きているようにも、なんと九次元で起きているようにも見えたりするというのです。

 たとえ話をしましょう。私たちの日常の経験では、氷は固く、水は形が自由に変わるもののように感じられます。しかし、ミクロの世界までいくと、この性質の違いは分子の結合のしかたによって説明されます。分子自身に、氷のような性質や水のような性質があるわけではなく、個々の分子を見れば氷と水の区別は消滅してしまいます。膨大な数の分子が集まったときに、その集まり方によって、氷のような性質や水のような性質を持つのです。

 また、氷と水の区別のように、「温度」という概念も二次的なものです。私たちはふだんの生活で熱さや冷たさを感じ、それを測るために温度という尺度を使います。しかし、ミクロな世界までいくと、個々の分子が決まった温度を持っているわけではなく、温度とは分子の平均エネルギーの現れにすぎません。分子のレベルでは温度という概念も消滅するのです。であるならば、温度とは、マクロな世界に住む私たちが感じる幻想といってもいいでしょう。

 空間の次元も、これらの例と同じであることを示唆しているのが超弦理論です。ある次元が、異なる次元に変化する現象があったり、ある次元で起きていることが、見方によって異なる次元で起きているように見えたりするのでは、空間という概念がはたして本質的なものなのかどうか、疑わしくなってきます。温度が分子の運動から現れるものにすぎないように、空間というものも何かより根源的なものから現れる二次的な概念、つまりは幻想にすぎないのではないか。超弦理論はそういっているのです。

 このように書くと、なにやら突拍子もない話のように思われるかもしれません。しかし、物理学者は本来、突拍子もない話を好みません。むしろ、とても保守的な人々なのです。たとえば、いったん確立した理論はそう簡単にはあきらめず、壊れるまで使おうとします。アインシュタインの理論も、できれば変更したくなかった。ですから突拍子もない話をするというのは、物理学者のメンタリティとは相容れないものです。私たち物理学者は、朝、大学に出勤して、「さあ、きょうは時空概念に革命を起こしてやろう」と思って研究を始めるわけではありません。私たちがふだん考えているのはあくまで、個々の物理現象についての具体的な研究課題なのです。

 ところが素粒子物理学の最先端を研究していると、重力の理論と量子力学がどちらも重要になってくることがあります。そのためには、重力の理論と量子力学を矛盾なく組み合わせる新しい理論が求められます。そうした必要に迫られて、考えられる理論の選択肢を順番に潰していった結果として残ったのが、物質の基礎が「ひも」であるという超弦理論だったのです。