『ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」』 - 海を渡った十字軍

 インドのカリカットに、ごまんと存在するムスリムの姿。贈り物が貧弱であったため、当地の王やムスリム商人にまで恥をかかされる。さらにヒンドゥー教の絵や像を見てキリスト教の一派に違いないと思い込むも、やがて目の当たりにするカースト制度や、特有の儀式には戸惑いを隠せない。そして何といっても頼みの綱のプレスター・ジョンが、見つかる気配もなかったのである

 この過酷な任務は732日間かかり、艦隊の航行した距離は38,400キロにまで及んだという。これは時間的にも距離的にも、当時としては史上最長の航海であった。およそ170人の男たちが出発し、55人ほどしか生きて帰ってこられなかったほどである。だがその55人も、おそらくは打ちひしがれながらの帰国であったはずだ。

 そんな彼らにポルトガルの王は、二度目の航海を命じる。最初の遠征はプレスター・ジョンを頼りにした探検じみたものであったが、二度目の遠征は大艦隊をバックにした征服のため航海である。広げた帆には、十字軍の深紅の十字架がなびく。聖戦の使命は、ガマの人格を変えた。そして彼は、驚くほどの冷徹さを随所に見せながら、数々の任務を見事に遂行する。

 堅固な十字軍熱と香辛料欲に駆られたポルトガル人は、その後、驚異的なスピードで世界一富める交易ルートのムスリム独占体制を崩すことになる。これによって世界の勢力バランスは大きく動き出す。今まで聞いたことのなかったような場所にヨーロッパの植民地が築かれ、教会は続々と立ち上がり、しまいにはオスマン帝国を撃退するまでに至るのだ。

 また、影響を受けたのは宗教的な側面だけではない。莫大な天然資源、金塊、労働力、そしてむろん香辛料までもが、キリスト教徒の支配下に落ちてきた。宗教の理とビジネスの利が組み合わせると、破壊的な出来事がおこる。ガマの度重なる航海で東西関係は劇的に変わり、ムスリムの時代とキリスト教の時代を分ける分水嶺となったのである。

 本書は結果だけはよく知られている大航海時代の冒険譚に、宗教対立という軸を持ち込むことによって、まったく新しい景色を見せてくれる。長い歴史の中で、双方のパワーバランスがこれほど拮抗していた時期もなかったのである。だからこそ、この時代にコインの表と裏が入れ替わるような瞬間を見ることができる。

 そして二つの宗教がどれほど異なっているにせよ、対立を引き起こしたのは違いではなく、似通っている点でもあった。信者でない人々に異端者とレッテルを貼り、神のみが最後の啓示を表す力を持つと主張する。 両者はお互いをパラレルワールドのように意識し、その中にありえたのかもしれない「もう一つの自分たちの姿」を見ていたことだろう。両者は決して対極な存在ではなく、お互いがその一部として存在していたのだ。

ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」

  • 作者:ナイジェル クリフ
  • 出版社:白水社
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内容紹介
二人の探検家はアジアへの航路開拓という同じ目的を持っていたが、ヴァスコ・ダ・ガマの功績はコロンブスの偉大な間違いの陰で長い間目立たなかった。い ま、「すべての道が東方に通じていた」当時の世界に戻り、二人のバランスをセットし直そうと思う。ヴァスコ・ダ・ガマの航海は、イスラームの世界支配を覆 すための、一世紀にわたるキリスト教徒の戦いの突破口だった。ガマの三回の航海で東西関係は劇的に変わり、ムスリムの時代とキリスト教の優勢時代(西洋の 私たちの言う中世と近代)を分ける分岐点となった。むろん、それがすべてではない。私たちが覚えているのは一部だけであって、実際はもっとずっと大きな出 来事だったのだ。(「プロローグ」より)

1497年7月、約170人の男たちを乗せた四隻の帆船が、一路インドをめざしてリスボンを出航した。この船団を率いていたのが、ポルトガルのマヌエル一世に抜擢された若き航海士ヴァスコ・ダ・ガマだ。
「新 大陸発見」のコロンブスの陰に隠れて歴史上あまり目立たない存在だが、東方との交易ルートを探るという当初の目的を達成したのはガマだった。著者による と、ガマをはじめ、船団や密偵を東方めざして送り出したキリスト教君主国の目的は、香辛料や絹などの交易だけではなかった。当時、紅海を舞台にアジアと ヨーロッパとの交易を仕切っていたムスリム商人を排除し、伝説のキリスト教徒プレスター・ジョンの王国を発見して、イスラーム勢力を挟撃するという使命も 帯びていたという。
本書は、このアフリカ周りの「インド航路発見」にいたる過程を中心にガマの三度に及ぶ航海の足跡をたどり、イスラームの発祥か ら、小国ポルトガルが世界の覇権国へと変貌し、やがて衰退していく様子を、残された航海日誌や旅行者の記録などを引用しながら壮大なスケールで描いた歴史 書である。本書は、優れた歴史ノンフィクションに与えられるヘッセル=ティルトマン賞の最終候補となるなど、英米で高く評価された。