【事実関係】
7月29日、東京都内で行われたシンポジウムに出席した麻生太郎副総理兼財務相が憲法改正問題に関連し、「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と述べた。
【コメント】
1.
麻生発言は、現下の政治エリートの一部に急速に広がっている反知性主義を典型的に表したものだ。高等教育を受けた者が、反知性主義者になることも珍しくない。特に政治エリートの場合、知性に基づいた客観性、実証性に拘束されない「物語」を用いた方が自己の権力基盤の拡大に資するという認識を抱いた場合、反知性主義的傾向を示す場合が少なくない。反知性主義は、「とにかく気合いを入れて問題を解決する」という決断主義に結びつきやすい。
2.―(1)
麻生氏、政府関係者、自民党、野党政治家の一部、並びに一部の全国紙は、麻生発言を全体を通して読むとナチスを評価しているわけではないと主張するが、このような見解こそが典型的な反知性主義だ。
2.―(3)
麻生氏は8月1日、ナチスを例として用いたことについて、「誤解を招く結果となった」と撤回した。しかし、謝罪はしなかった。翌2日、麻生氏は、<「狂騒の中でナチスが出てきた悪しき例として我々は学ばないといけないと言った」と改めて釈明した。批判声明を発表した米国のユダヤ人人権団体に陳謝する考えは「ない」とも強調。野党からの閣僚・議員辞職要求についても「辞職するつもりはない」と否定した。>(8月2日『朝日新聞デジタル』)。麻生氏が悪いことをしたと思っていないので謝罪しないのだ。このような姿勢も反知性主義者に共通している。
3.―(1)
麻生発言は、日本外交に無視できない悪影響を与える。まず、対米関係についてだ。歴史において、日本がナチス・ドイツ、ファッショ・イタリアと同盟国であった事実と麻生発言が結びつけられるのは必至だ。日本の政治エリートの中で、自由と民主主義という第二次世界大戦の結果、国際社会で主流となった価値観を認めない傾向が強まっているという印象が確実に強まる。麻生発言は日米同盟に悪影響を与えかねない。米国にとって、ナチス・ドイツと現在のドイツ連邦共和国はまったく別の国家である。同様にかつての敵国であった大日本帝国と現在の日本国は、まったく別の国家だという前提で日米同盟は成立している。この前提を崩す危険を麻生発言ははらんでいる。
3.―(2)
中国と韓国は、ナチスを評価する麻生発言を、日本の政治エリートの歴史認識が顕在化したものととらえている。慰安婦問題、尖閣問題、竹島問題の根底にも歴史認識があり、中韓は「日本が軍国主義的、ファッショ的過去を清算していないので、首相と外相を経験し、現在も副総理兼財務相という要職にいる麻生氏がかかる発言を行うのだ」と対日攻勢を強める。
3.―(3)
ロシアに関しては、国民にナチスに対する忌避反応がある。麻生発言によって、日本がナチス・ドイツの同盟国であったという過去の歴史が想起され、「そのような国に対して南クリル諸島(北方領土に対するロシア側の呼称)を渡す必要はない」という世論が強まる。麻生発言は、北方領土交渉に不必要な障害を作り出した。・・・・・・