山中伸弥、巨人・越智、大場久美子・・・どん底、虐待、難病。乗り越えたからこそ「今」がある

苦難こそ、人を作る「感動の読み物」第1回
週刊現代 プロフィール

 決心した越智は'12年6月に手術を受けた。手術後2日間は激痛でベッドから起き上がることもできなかったという。

「正直、このまま立てなくてもいいかと思うほど痛かったです。完全な寝たきり状態でした。自分で水を飲むこともできず、イライラして妻にも迷惑をかけてしまいました」

 越智が入院していた慶應病院は、夕方になると近くの神宮球場から歓声が聞こえてくる。野球ができないもどかしさに歯ぎしりした。

「もうどうなってもいいと、思い切ってベッドから立ち上がりました。気を失うくらい痛かったんですけど、なんとか立ち上がることができた。医者からも『早く立って歩いたほうが良くなる』と言われていた通り、徐々に痛みが和らぎ、気持ちも落ち着いてきました」

 リハビリは立つことから始まり、歩行訓練へと進んでいった。そんな頃、チームメイトの山口や長野久義がお見舞いに来てくれた。

「長野君は、『お金の貯まる本』を買ってきた。山口君は『次の職探しの本』。マジシャンになれるとか、よくわからないものを持ってきた(笑)。暗くならないように明るく振る舞ってくれたのは、嬉しかったですね」

 二人は、帽子やヘルメットに、越智の背番号「22」を書いてプレーした。手術から2ヵ月後、越智はグラウンドに帰ってきた。

「普通に投げられるだけで本当にうれしかった。愚痴も言わずに看病をしてくれた妻、気持ちが折れそうなとき、励ましてくれたチームメイト、ファンには感謝の気持ちしかない。

 手術後、『戻ってくるのを待っている』と言ってくれた原監督の期待に応えるためにも、もう一度東京ドームで投げたい。あれほどの病気を経験して、恐れるものは何もない。この強い気持ちは今後のピッチングにも表れると思う。そして、再びマウンドで投げる姿を2歳の娘に見せたい」

「雷神」は力をこめてこう宣言した。

大場久美子 女優
父からの「虐待」「私はこうして立ち直った」

「それまでは、普通に暮らしていたんです。ところがある日突然、心臓が飛び出すくらい激しい動悸に見舞われました。

 私の人生は波乱万丈だとよく言われますが、あの日からの8年間の闘いは、本当に苦しかった」