山中伸弥、巨人・越智、大場久美子・・・どん底、虐待、難病。乗り越えたからこそ「今」がある

苦難こそ、人を作る「感動の読み物」第1回
週刊現代 プロフィール

「ノーベル賞受賞について、彼は『まだ成果が出てない(患者を治していない)から』とよく言っていました。

 今、山中君に何より必要なのは、じっくり研究する時間なのだと思います」

 臨床医としては果たせなかった「患者を救う」という目標に向かい、彼は今も研究に没頭している。

越智大祐 巨人投手
突然の難病で入院、引退の危機「もう一度
東京ドームで投げたい」

 猛暑の巨人二軍練習場。黙々と汗を流す選手たちの中に、越智大祐(30歳)がいた。キャッチボール、ランニングと通常のメニューをこなしていく姿は、周囲の選手と変わらない。だが、越智は体内に「爆弾」を抱えたままだ。

「今もしびれは残っています。でも投げることに支障はありません」

 そう気丈に話す。

 早稲田大学時代、東京六大学リーグで15勝をあげ、'05年のドラフト4位で巨人に指名された。'08年に一軍昇格を果たし、山口鉄也と共に中継ぎの柱となり、勝利の方程式を確立。「風神雷神」コンビとして人気を集めた。が、'11年のシーズン中に、体に違和感を覚えるようになる。

「思うように足が動かない。その年の末には、もつれて階段を踏み外すことが何回かあった。翌年のオープン戦では、マウンドで足がしびれて、ほぼ感覚がない。どんなふうに立っているかもわからず、倒れないか不安で、ベンチに帰るときは症状を隠すために、必死で小走りしました」

 二軍に落ちて病院で検査を受けた結果、黄色靱帯骨化症と診断された。脊椎を支える、通常は柔らかい靱帯が骨化して神経を圧迫し、痛みやしびれが出る原因不明の難病だ。過去にプロ野球選手では宮本大輔が同じ病気にかかり、一度復帰するも、ほどなく引退。'13年には大隣憲司も同病気を発症、今シーズンを棒に振っている。

「医者からは手術をしても復帰できるかどうか50%の確率と言われました。手術をせずに野球を続けると、2年後には車椅子の生活になるかもしれないとも。

 もう野球ができなくなるかもと思うとひどく落ちこみました。

 手術しても復帰できないかもしれない。だったら手術をせず、このままできるところまでやろうかとも思ったんですが、妻に、『私たちには子供もいる。手術をせずプレーを続けて、車椅子生活になったらどうするの? もし手術しないなら、いますぐ野球を辞めてほしい』と言われ、それが決め手になりました」