山中伸弥、巨人・越智、大場久美子・・・どん底、虐待、難病。乗り越えたからこそ「今」がある

苦難こそ、人を作る「感動の読み物」第1回
週刊現代 プロフィール

「もっと医学の役に立つことをしたほうがいい」。教官や先輩は口を揃えてそう言う。当然人手は足りず、実験に使うマウスの世話に追いまくられて、満足に研究を進められない。

「支援員もいない、研究費も少ない。1年もするとすっかりやる気を失ってしまいました。研究環境を変えたらやる気が出るかもしれないと思って、旧帝大系の大学の公募にも応募したんです。でもコネがないせいかダメ。アメリカにいたときは朝6時に起きて研究に行ったのに、日本に帰ってくると(憂うつで起きられず)9時まで寝てる」(『Voice』'08年3月号より)

 男35歳、2人の娘はもう小学生と幼稚園児だ。マウス飼育室の窓から、下校する娘の姿をたまたま見かけ、情けなさに男泣きしたことさえあった。好きなように研究できたアメリカ時代との落差にうつ状態になり、「本気で研究を辞める一歩手前」だった。まさにどん底である。

 そんな山中をギリギリで支えたのは、指導教官の三浦克之(現・大阪市立大学教授)の言葉だったと山中本人は振り返る。

「三浦先生は『お前のやっていることは、世界でまだ誰もやってない。専門家は3人くらいしかいないかもしれない。そやけど、世界一を目指しているんだ』と言うんです。ああそうかと、目からウロコでした」

 研究は、やった作業、かけた苦労の9割が失敗と無駄に終わるという。いわく「研究者は1割バッターで世界一になれる」。報われる仕事はそれほど少ない。

 日の当たらぬ道なき道を、果敢に進んでゆくこと。たとえすぐに成果は出ずとも、諦めないこと—のちに山中は、後進の研究者に向けこうアドバイスしている。

「まずはじめに常識を疑う。(必要であれば)時には素早く変わり身をする。同時に、石の上にも何年、と粘り強く一つのことをやることも本当に大事です」

 それから15年あまり。山中率いる京都大学iPS細胞研究所は、いまやiPS細胞作製にかかわる国際特許の半数以上を保有する。

 iPS細胞を使った再生医療によって、人類は心臓病やがんなどの難病を克服できるかもしれない。一方、例えば同性愛者のカップルが子どもを儲けられるようになるなど、生命倫理の新しい論点も出てくるだろう。

 しかし、倫理の問題はあれど、まず最優先すべきはiPS細胞によって治る可能性のある患者たちだと、山中は信じている。

「それ(技術の濫用)を恐れて研究をストップしたら、将来、助かるかもしれない人も助からないことになってしまいます」

 前出の親友・平田もこう証言した。