「名将」と呼ばれた男たち連続インタビュー 高校野球は監督で決まる

浦和学院、常総学院、光星学院、高知高校ほか
週刊現代 プロフィール

 この夏、常総学院は3季連続出場がかかる。が、佐々木はこう本音をこぼす。

「負けられないという気持ちが強すぎて、去年より弱気になっている自分がいる。去年は県大会の準決勝で3番手を先発させるぐらいの度胸があったんだけど、今年は負けるときはエースじゃないといけない、とか。臆病になるのが早すぎる気がするんですけど……」

 この夏は、佐々木が本当の意味で監督になれるかどうかの試金石になる。

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 体内の血が沸騰するかと思った。

〈しね〉

 10年以上も前の話になる。高知中学の監督就任2年目のことだ。愛車、紺色のカリブの側面後部に、釘か何かでそう彫られた傷を発見したのだ。同時にある控え部員の顔がよぎった。

 高知高校の監督、島田達二が顔を紅潮させる。

「むちゃくちゃ腹立った。ぶっ飛ばしてやろう、と」

 ひとまず車体と同系色のマジックで傷をなぞった。だが、ほとんど効果はなかった。結局、犯人も追及しなかったし、傷もそのまま残した。こんな後ろめたさがあったからだ。

「ちょっと勝ち始めた頃で、これでええんやと思いながら、何か違う気もしていて。自分も現役時代、補欠だったくせに上の選手のことばかり見ていた」

 しかも、その「傷モノ」の車に一昨年まで乗り続けていた。ひとまず島田とはそういう人間である。

 そんな男に県内最大のライバル校、明徳義塾の監督である馬淵史郎は「あいつだけはわからん」と唸る。

 それに対し島田は「僕にとっては最高の誉め言葉です」とニンマリ。

負けて世間の広さを知る

 島田は「教えられ魔」だ。現役時代、高知高では補欠だった。高校卒業後は、大学球界では無名の高知大学でプレー。だから、プライドも何もなく「ずけずけ聞きに行ける」。

 そして素直で感激屋だ。