佐藤優の読書ノート---『戦時下のドイツ大使館 ある駐日外交官の証言』ほか
―第1部― インテリジェンスレポート
■分析メモ No.38 「エジプトのクーデターと『アラブの春』のパラドックス」
■分析メモ No.39 「アルバニア議会選挙」
―第2部― 読書ノート
■読書ノート No.47 『戦時下のドイツ大使館 ある駐日外交官の証言』
■読書ノート No.48 『「第5の戦場」サイバー戦の脅威』
■読書ノート No.49 『政権崩壊 民主党政権とはなんだったのか』
―第3部― 質疑応答
―第4部― 文化放送「くにまるジャパン」発言録
―第5部― 佐藤さんの今後の予定(8月下旬まで)
現代ビジネスからのお知らせ
■読書ノート No.47
◆エルヴィン・ヴィッケルト(佐藤眞知子訳)
『戦時下のドイツ大使館 ある駐日外交官の証言』中央公論社 1998年
評者(佐藤優)は、月1回、吉野文六元ドイツ大使を訪ね、聴き取りを続けている。吉野氏は94歳だが、お元気だ。6月におじゃましたときに、「最近、思い出したんだけれど、僕はこの本を書いたヴィッケルトと戦後、しばらくの間、外務省翻訳室で一緒に仕事をしたことがある。当時は、外交官資格をもたない大使館のスタッフと思っていたが、大物の外交官でしかもドイツ作家協会会長をつとめた小説家だということを知って驚いた。あなたも是非この本を読んでみるといい」と手渡されたのが本書だ。
確かに抜群に面白い。エルヴィン・ヴィッケルト(1915~2008年)は、リヒャルト・ゾルゲと親しくしていた。
<わたしは当時帝国ホテルに住んでいた。このホテルはフランク・ロイド・ライトの設計による注目に値する建築物で、氷河期の穴居人の住まいを思わせるような一風変わった作りでありながら、住む者に心地よい安らぎを与えてくれた。
軽食をとってから、地下のバーへ行ってみると、バーの高い椅子にウィスキーグラスを手にしたリヒャルト・ゾルゲが腰かけていた。彼は大きな声でバーテンやまわりにいた五、六人の客に話しかけていたが、誰も耳を貸す者はいなかった。まわりに迷惑をかけている様子なので、わたしは彼の隣りに腰かけた。
「犯罪者め、畜生!」ゾルゲは叫んだ。「人殺し! スターリンと友好条約を結んでおきながら、背後から不意打ちにするとは! だが今に見ていろ、スターリンに痛い目にあわされる日が必ずくるぞ」と英語でわめきちらした。そして今度はわたしのほうへ振り向きドイツ語で言った。
「だから言ったじゃないか。あいつはただの犯罪者なんだ。どうしてあいつをぶち殺すやつがいないんだ。例えば将校とかさ」
「ゾルゲ君、口は災いのもとだ。ここにいるのはどんな連中かわからないんだぞ。イギリス人、アメリカ人、フランス人、日本人、ドイツ人。マイジンガーの耳にでも入ったらどうするんだ」・・・・・・(略)
・ジョン・ラーベ(エルヴィン・ヴィッケルト編/平野卿子訳) 『南京の真実』 講談社文庫 2000年
・リヒアルト・ゾルゲ 『ゾルゲ事件 獄中手記』 岩波現代文庫 2003年
・石川準十郎 『ヒトラー「マイン・カンプ」研究(合冊普及版)』 国際日本協会 1943
読書ノート No.48
◆伊東寛 『「第5の戦場」サイバー戦の脅威』 祥伝社新書 2012年
サイバー戦について扱っている日本語の書籍では、本書がもっとも優れている。伊東寛氏は自衛隊でシギント(通信、電磁波など信号を媒介とするインテリジェンス)工作に従事していた。実務経験に裏付けられた記述なので、学者の研究とは質的に異なる説得力がある。
各論では、米国とイスラエルが共同で行った「スタクスネット事件」に関する評価が興味深い。
<米国は、二〇一一年七月に発表した「サイバー戦略」のなかで、破滅的なダメージを企図した敵の攻撃に対してはマルウェアなどを使った「サイバー兵器」で粉砕するとした。
果たして、そのようなサイバー兵器というものはあり得るのだろうか。
実は、その答えになりそうな事例が二〇一〇年九月にイランの核施設で起きた。世界を震撼させた「スタクスネット(stuxnet)事件」である。
ドイツの電機大手シーメンス社が開発した、産業機械の制御ソフトウェアに「ステップ7」というものがある。ポンプや弁、発電機などの制御が必要となる発電所や水処理施設や石油パイプラインなどをはじめとして世界中で使われており、イラン中部のナタンズにある核施設にも入っていた。スタクスネットは、このステップ7を標的にしたマルウェアで、ウィンドウズOSの脆弱性を突いてプログラムを乗っ取ると、ウランを精製する遠心分離機の回転数を操作した。・・・・・・(略)
・Loch K. Johnson ed., The Oxford Handbook of National Security Intelligence (Oxford Handbooks) ,Oxford University Press, Oxford/New York, 2012
・手嶋龍一 『ブラック・スワン降臨―9・11‐3・11インテリジェンス十年戦争』 新潮社 2011年
・土屋大洋 『情報による安全保障 ネットワーク時代のインテリジェンス・コミュニティ』 慶應義塾大学出版会 2007年
読書ノート No.49
◆青木理/辻惠/宮崎学『政権崩壊 民主党政権とはなんだったのか』角川書店 2013年
小沢一郎氏、宮崎学氏、青木理氏の鼎談が興味深い。小沢氏の本音が浮き彫りになる。
<小沢 日本においては、政治家はまったく権力を持っていないですね。権力を持っているのは、みんな官僚です。それはシステムや制度がそうだということと同時に、やっぱり資質の問題があります。
宮崎 政治家の資質の問題ですか。
小沢 政治家の資質であり、それはイコール国民の資質です。残念ながらこのレベルが低い。私に言わせると、自立していない国民が選んだ自立していない政治家だから、役人の権力集団に勝てない。私が自治大臣のときに、「あなたは自治大臣だから大変な権力者だ」なんて野党から言われましたけど、運転免許の書き替え一つにしても自由にできません。自治大臣っていうのは警察の親分ですけどね(笑)。
宮崎 国家公安委員長ですよね。
小沢 そうです(笑)。そんなもんです、今の政治家の持っている権力というのは。>(55頁)・・・・・・(略)
・山口二郎 『政権交代とはなんだったのか』 岩波新書 2012年
・小川榮太郎 『国家の命運 安倍政権 奇跡のドキュメント』 幻冬舎 2013年
・渡邉恒雄 『反ポピュリズム論』 新潮新書 2012年