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以上見てきたように、一体改革をそのままのかたちで実施すれば、日本は、「経済成長のチャンス」(の一部)を失うことになるだけでなく、「機会の不平等」をも放置することになる。
安倍政権が「成長戦略」を掲げるならば、「規制緩和」によって民間投資を促進するだけでなく、「高資産高齢者への老齢年金給付」を削減し、または相続税・贈与税を増税し、それらによって得られた追加予算で「子育て支援」(とりわけ保育サービスと児童手当)を全面的に拡充すべきだ。
また、国家財政の健全性の目安としては、「政府の総債務残高が減少傾向にあること」が挙げられるだろう。せめて政府は、「総債務残高(2012年でGDP比237% 58)を継続的に減らすことができる水準」までには、経済成長率を高め、その水準を維持すべきではないか。つまり、経済成長率がその水準に達するまでは、「規制緩和」と「子育て支援の拡充」を進めるのがよいのではないだろうか59。
もう一点指摘しておきたい。
「機会の不平等」の放置は、何よりも倫理的に問題だ。国民の自由権を重んじるならば、政府は、自国の子どもたちに対して、人生の機会を「できるだけ」平等に保障する必要がある60。ついでにいえば「機会の不平等」は、長期的には、経済成長にとってもマイナスだろう。機会が不平等であればあるほど、「能力がありつつも、家庭の貧しさゆえにその能力を充分に伸ばせない子ども」が増えるからだ。
では、どうすればいいのか? これも答えは同じだ。「子育て支援」(保育サービス・児童手当など)によって、親の就労を支援したり、家計を補助したりすればよい。
一体改革は、「0~2歳児の認可保育所待機児童ゼロ」をめざすなど、評価できる点もある。しかし、「子ども一人当たりの子育て支援支出」をほとんど増やさないという点を見ると、子どもの貧困の縮小は、あまり期待できないだろう。
「子どもの貧困」は、この30年間、政府に放置されつづけ、およそ1.4倍に増えてしまった。日本では現在、15歳未満人口の15%にあたる約200万人もの子どもたちが、相対的貧困と「機会の不利」を被っている(図5)。したがって政府は、せめて「子どもの貧困を毎年継続的に減らすことができる」水準までには、「子育て支援」を拡充し、その水準を維持すべきだろう。
たとえば、もし子育て支援支出(2012年度4.8兆円)を先進国平均のレベルまで高めたいのなら、およそ4.5兆円の追加予算が必要となる(図2)61。その4.5兆円を、もし「増税」によって調達するならば、どうなるだろうか。まず、個人所得税(2012年度税収13.6兆円62)の累進性を高める場合は、1兆円未満の税収増加しか見込めない63。相続税と贈与税を増税する場合は、その合計税収は2012年度で1.5兆円64だから、税率を3倍に高める必要がある65。消費税ならば、5%増税分の見込み税収が13.5兆円だから、さらに約2%分の増税をすれば足りる66。したがって現実的には、消費税増税(と低所得者対策)が主な手段となるだろう。
では、その4.5兆円を、「増税」ではなく「高資産高齢者の老齢年金の一部削減」によって調達するなら、どうなるだろうか。2012年の数字で見れば、老齢年金給付は54兆円だから、その8%を削減することになる。そのためには、たとえば「公的年金や恩給の受給者がいる2人以上世帯」のうち、「住宅・宅地資産額が5,000万円~1億円の世帯」への老齢年金給付(公費負担部分)を「1世帯当たり月額3万円」だけ削減し、さらに「住宅・宅地資産額が1億円以上の世帯」への老齢年金給付を「1世帯当たり月額5万円」だけ削減すれば、ちょうど足りる67。
子育て支援の追加財源を、「増税」によって調達するのか、「高資産高齢者の年金削減」によって調達するのかは、有権者が選択する問題だ。しかし、「増税」の場合は、その多くを「消費税増税」に頼ることになり、その結果、消費が鈍ってしまう危険性がある。そのため、「高資産高齢者の年金削減」のほうが無難かもしれない。