【第1回】はこちらをご覧ください。
安倍政権とその意向を受けた日銀による、インフレターゲットを主とした「金融政策」は、物価と賃金の同等な上昇(名目GDPの上昇)をめざす形で実施されており、今のところはうまくいっている(ように見える)。しかし、私たちの生活が物質的にさらに豊かになるには、物価の上昇以上に、賃金が上昇しなければならない。そのためには、「実質GDPの上昇」(経済成長)が必要だ。だから私たちは、もし物質的な豊かさを求めるのであれば、経済成長をめざさなければならない16。
経済成長をめざす安倍政権の「成長戦略」は、「規制緩和などによる民間投資の促進」を主軸としている。しかし同時に、政権は、「一体改革」も並行して行うことになっている。
では、「高齢者福祉は並レベル、子育て支援は低レベル」という一体改革は、はたして経済成長を促進するのだろうか? それとも抑制してしまうのだろうか? 抑制してしまうのだとしたら、一体改革をどう改善したらよいのだろうか?
ここで、筆者が独自に行った統計分析の結果を紹介しよう。分析では、「経済成長率」(一人当たり実質GDPの対前年上昇率)を左右するのはどういう要因なのか、を検証した。データは、日本を含む先進18ヵ国の2000~2009年の国際時系列データを用いた17。分析の結果、経済成長を左右するとみられる要因(の効果)として、主につぎの5つが見いだされた18。
(1)「政府による老齢年金支出19」が増えるとき、(同年の)経済成長率が下がる
この傾向には、つぎのような擬似相関や因果関係が含まれている可能性がある20。
まず、退職者が増えれば、老齢年金(日本では国民年金・厚生年金・共済年金)の給付額が増えると同時に、労働力人口が減る(または新規採用・中途採用が増えて労働生産性が一時的に下がる)ことで、経済が停滞してしまうと考えられる。よって、退職者数という第三変数によって、老齢年金と経済成長率との間に「擬似相関」(直接の因果関係に拠らない相関)が生じうる。
しかし擬似相関だけでなく、因果関係も含まれている可能性がある。まず、老齢年金が減れば、高齢者労働力人口が増えることにより、経済成長率が上がる可能性がある21。
また、老齢年金は、その年の現役世代から年金保険料として徴収され、その年の高齢者に給付される(賦課方式22)。その際、給付額の一部は、現役時代の所得に比例しているため、老齢年金は「富裕層」により多く給付される。富裕層(=高資産)の高齢者は、一般的に消費性向23が低いだろう。その結果、現役世代が消費するはずだったお金の一部が、高資産高齢者の貯蓄や海外投資などに回ることになり、結果として消費が鈍ってしまうだろう。これも、経済停滞の一因になると考えられる24。
(2)(保育サービス拡充などによって)「女性労働力率25」が上がると、翌年の経済成長率が上がる
女性が働くようになると、労働力人口が増えるとともに、家事関連産業の市場も拡大するだろう。また、第三次産業化と市場流動化が進んだ今日では、人材の多様性が重要であるため、女性の労働参加は、人材多様性を高め、労働生産性を高めるだろう26。その結果、経済が成長すると考えられる。
(3)「児童手当」が増えるとき、経済成長率が上がる
子育て世帯は、子育てをしていない高所得世帯よりも、消費性向が高い。よって、児童手当によって、高所得世帯から子育て世帯に所得が移転されると、消費が増え、市場が活性化する。その結果、経済が成長すると考えられる。
(4)「自殺率27」が高まるとき、経済成長率が下がる
「経済成長率が上がると(失業が減るなどして)自殺が減る」という「逆の因果関係」が想定できるかもしれない。しかし、筆者の分析では、逆の因果関係はできるかぎり除去してある。また、自殺率の規定要因を分析してみると、経済成長率は自殺率に対して(偶然を上回る)効果を示さなかった28。そのため、逆の因果関係よりもむしろ、つぎのような擬似相関や因果関係を想定する必要がある。
まず、自殺率は、「社会環境・労働環境の悪さ」を反映しているだろう。そのため、社会環境・労働環境が悪化した場合には、自殺率が上がると同時に、労働生産性が下がり、経済が停滞してしまうと考えられる(擬似相関)。また、自殺者が増えると、就業人口やその家計所得が減るため、GDPの増加が鈍ってしまうとも考えられる(因果関係)29。よって、自殺予防のために、社会環境や労働環境を改善することは、労働生産性の上昇と自殺率の低下を経由して、経済成長率の上昇につながると考えられる。
(5)「政府による開業奨励金支出」が増えると、翌年の経済成長率が上がる
開業奨励金によって開業がしやすくなり、多様な働き方が容易になると、労働力人口が増え、労働生産性も高まるだろう。それにより、経済が成長すると考えられる。
統計学的に推定すると、経済成長率に対するこれらの要因の「効果」30が、「ただの偶然」によって生じた確率は、わずか1%未満だった。つまり、それらの「効果」は、少なくとも2000年代の先進諸国では、「ただの偶然」によってではなく、「何らかの因果関係」によって、生じていたと考えられる。そのため、今の2010年代においても、これらの要因は、ひきつづき経済成長率を左右する可能性が高いだろう。
では、2000年代の日本では、これらの要因は、それぞれどの程度、経済成長率を左右したのだろうか? そこで、各要因の影響規模を、各要因のデータと効果(係数)から計算して、グラフにまとめてみよう。図4がその結果だ31。
図4での棒グラフは、各要因によって生じたとみられる「経済成長率の上昇幅または下降幅」を計算し、棒の中に積み上げたものだ。「上昇幅」は「0」よりも上方向に積み上げ、「下降幅」は「0」よりも下方向に積み上げている。
また、それらの積み上げの合計値(上昇幅-下降幅)を「予測値」といい、点線の折線グラフで描いている。実際の経済成長率は「実測値」といい、実線の折線グラフで描いている32。
この2つの折線グラフを見れば一目瞭然だが、各要因から計算された予測値は、実際の経済成長率(実測値)にかなり近くなっている。つまり、各要因は日本の2000年代の経済成長率を、かなり説明できるということだ。
この図4によれば、先述の5つの要因のなかでは、日本の経済成長率への影響規模は、(1)(老齢年金)が圧倒的に最も大きい。それ以外の(2)~(5)では、(2)(女性労働力率)がやや目立つものの、現状ではどれも影響規模がまだ小さい。
つまり日本では、女性労働参加・子育て支援(保育サービスと児童手当)・自殺予防がまだまだ小規模であるため、それらによる経済成長も、いまだ小規模なものにとどまっているとみられるのだ。