牛の病気の一つとして警戒されてきたBSE(牛海綿状脳症)について、5月下旬に国際機関「国際獣疫事務局」(OIE、本部パリ)が、日本や米国など6カ国を最も安全な「無視できる国」に新たに認定した。日本は3段階の中位から最上位への格上げで、BSEが未発生の豪州などと同等になった。OIEの「お墨付き」は、国産牛肉の安全性にどう影響するのか。
格上げ認定が影響しそうなのは食肉処理場を持つ75自治体が自主的に続けているBSEの「全頭検査」だ。
厚生労働省は6月3日、7月1日から検査対象の国産牛を、現行の月齢「30カ月超」から「48カ月超」に縮小するよう省令を改正した。これに伴い、対象の牛は全体の約4割から約2割に減る。厚労省から全頭検査廃止の要請を受けた75自治体の中で、岩手、岐阜、長崎、鹿児島の各県などがOIEの格上げを廃止の条件や参考情報に挙げていたこともあり、同省は「格上げは廃止への大きな推進力だ」と話す。
75自治体の7月以降の方針について、厚労省は「あと2、3の自治体が正式な回答を保留しているが、他は廃止する方向だ」と全頭検査の一斉廃止はほぼ確実の情勢だ。
では全頭検査廃止のメリットはあるのか。BSE問題に詳しい唐木英明・倉敷芸術科学大学長(獣医師)によると、食肉処理場の大きな任務は病気の家畜の排除▽伝染病の防止▽病原菌が肉に付着して出荷されるのを防ぐ食品の安全性確保――などだ。しかし、01年に国内でBSEが見つかって以来、全国の処理場にいる2000人超の獣医師は検査に追われ、牛の腸にいて食中毒の原因となる病原性大腸菌の排除など重要な対策が手薄だったという。
病原性大腸菌による食中毒はここ数年、年間約20~50件発生し、昨年は8人が死亡。唐木さんは「全頭検査が廃止されれば獣医師がやっと本来の業務に復帰できる。畜産品の安全性確保に向けて大きな一歩だ」と食中毒防止のメリットを指摘する。
格上げ認定は国産牛肉の国内流通にただちに大きく影響しないが、国産牛肉を他国に輸出できる条件は格段によくなった。今後、国産牛の輸出に力を入れる農林水産省は「日本の消費者にとっても国産牛肉への安心感は以前より高くなったはず」と格上げをきっかけに国産牛のイメージアップに努める。
牛肉の安全性の面からは、OIEの「無視できる国」の規定に基づけば、牛の危険部位はなくなる。しかし、この規定は該当国に対する強制力はない。日本国内では月齢30カ月超の牛の脳、脊髄(せきずい)などは引き続きBSEの病原体がたまりやすい「危険部位」とみなされ、食肉処理場で除去される。危険部位などを細かく砕いた肉骨粉の飼料や肥料への使用禁止も従来通り続く。
OIEの格上げに対し、消費者団体や生協の反応はさまざまだ。
ある主婦団体は「格上げ自体は良い」と評価するが、「全頭検査は続けてほしい」とBSE検査の現状維持を望む。BSEには肉骨粉だけが原因でなく、自然に発生する「非定型」があることなどを理由に挙げ、「牛肉1キロ当たりの換算では検査コストは高くない。安心確保へ向け維持してほしい」と話す。
一方、消費者団体の代表は「OIEの科学的な判断の結果、リスクが無視できるというメッセージは重要。以前に比べ、国産牛肉への安心感につながる」と歓迎する。
首都圏で展開する宅配業者は「OIEの格上げをもって、どのように消費者に影響があるかは分からない。そもそも消費者はOIEをどのぐらい知っているだろうか」と疑問を投げかける。全頭検査については「(肉骨粉による)従来型は駆除できたが、非定型のBSEについては科学的知見が積み上げられていないので、慎重に対応する必要がある」と指摘する。