今年の風疹患者数が既に1万人を超えた。妊娠初期の女性が風疹にかかると、胎児が風疹ウイルスに感染して「先天性風疹症候群(CRS)」を引き起こし、難聴、心疾患、白内障、精神や身体の発達の遅れ等の重大な障害を持った赤ちゃんが生まれる可能性がある。
この問題に対して、先進国のほとんどが、小児へのワクチン接種を継続することにより、風疹の流行を封じ込めることに成功している。米国では、2005年に風疹の根絶宣言が出された。米国は、当初から小児への接種を優先し、徐々に思春期及び成人の女性へと拡大する戦略で、この偉業を達成した。英国は、出産直後の女性及び10代女性への接種から始め、後に小児への接種に拡大するという逆の戦略を採ったが、1985年に国際学会で米国式の方が優れているとの評価が下されるや速やかに米国式に変更している。
日本の風疹の予防接種開始は欧米に7年も遅れた。ワクチンを自前で開発するという厚生省の方針が原因だ。予防接種の戦略でも英国式から米国式への転換が4年遅れた。その後も、MMR(はしか、おたふくかぜ、風疹の三種混合ワクチン)の導入と中止、風疹ワクチン未接種者への集団接種から個別接種への変更など、猫の目行政のはざまで未接種者が大量に生まれた。
常に欧米の後追いなのにワクチン開発は自前主義、世論から批判が出ると重い腰を上げるが、責任逃れに終始しながら無為無策を続け、さらに大きな問題を引き起こすという厚労行政の典型例だ。
その結果、成人男性の30代(73~84%)、40代(81~86%)では、女性(97~98%)と比較して11~25ポイント抗体保有率が低くなったままだ。今年の大流行の責任が厚労官僚にあるのは明白だ。
国際比較で見るとさらに深刻度がよくわかる。2010年の統計では、風疹の患者数ワーストワンの中国が4万3000人強、2位のバングラデシュが1万3000人だから、今年の日本は、これらの国々に匹敵するレベルだ。
6月19日には、米国の疾病対策センターが、風疹の罹患や予防接種の経験がない妊婦に日本への渡航延期を勧告した。それ以外の旅行者にも渡航前の予防接種を呼びかけている。他の国々もこれに追随するだろう。このままでは、日本からの渡航者の入国に制限が課されるかもしれない。アベノミクスの柱の一つが、海外からの観光客の増大だが、そんな掛け声に対する冷笑の声が聞こえるようだ。
ワクチン不足も顕在化してきた。厚労省は8月に不足すると予測していたが、既に不足する自治体が出て来てパニック寸前だ。
それでも厚労官僚の反応は極めて鈍い。6月24日の専門家の会議で、「安定的なワクチン供給」について委員に意見を求めているが、泥縄もいいところだ。
専門家から、臨時の無料予防接種やワクチンの緊急輸入などを求める声が上がっているが、田村憲久厚労相は6月18日、「特別な対応を取るところまでは来ていない」と述べた。その根拠が、他の感染症でも重篤な被害や死者も出ていて、風疹だけ特別扱いはできないというのだから驚きだ。まさに官僚の理屈。他の感染症対策がちゃんとできていないから、風疹もちゃんとやらないという。やらない理屈、できない理屈なら100でも200でも作るのが官僚。その理屈を乗り越えて、必要な政策を実行するのが政治の役割だ。
障害のある子どもがたくさん生まれ、国際的に風疹輸出国とのレッテルを貼られる事態を放置するのであれば、安倍政権には危機管理能力がないと言われても仕方ないだろう。
『週刊現代』2013年7月13日号より